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ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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ヨージェフ・エトヴェシュ

ハンガリーのクラシック・ギタリスト、ヨージェフ・エトヴェシュのチャンネル。

attacca62's Channel - YouTube

ヨージェフ・エトヴェシュはゴルトベルク変奏曲のCDが話題になって有名になったが、ギター以外の曲をギター用に編曲するのを得意にしているようで、ゴルトベルク以外にもフーガの技法やショパンのピアノ曲集、バルトークのピアノ曲集、ブラームスのハンガリアン舞曲などのCDをリリースしている。

自主制作ということもあってCDはもう日本の店では扱っていないようだが、当人のホームページから直接CDやMP3、楽譜などが購入できるようになっている。方式はよく分からないけど。
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▼J.S.バッハ:「ゴルトベルク変奏曲」アリア、第一変奏


ゴルトベルク変奏曲のギター版には他にもラダーマーというDTMer(?)による一人多重録音ものがあり、そちらはアマゾン・レヴューを見る限り結構評判が良いようだが(そっちは未聴)、こちらの独奏版もよい。グールドのもいいけど、自分はこの人の演奏で聞くことが多い。ただ、CDの録音はリバーブかかり過ぎなのがちょっとマイナスだけど。

▼サティ:グノシエンヌ一番


ショパン:24の前奏曲より第20番、4番

▼バルトーク:「子どものために」より


元々ギターのために作られたクラシックの曲は聞いていて途中で飽きてしまうようなものも多いが、こういうのなら聴きやすい。というか、クラシック・ギターを聴く人は自分で演奏する人が殆どで、そうでもないのに好き好んで聴く人は滅多にいないような気がする。せいぜい有名曲集のCDを二、三枚持っているというくらいが関の山で。
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鳥肌ものの歌唱

Bloch: Psalms for Soprano/Poems D'AutomnBloch: Psalms for Soprano/Poems D'Automn
(2000/02/14)
BlochDelunsch

商品詳細を見る

久しぶりにブロッホのこのCDを聞いたけど、やはり Poems D'Automn における Brigitte Balleys の歌唱はほんとに神がかっている。鳥肌もの。ちょっと妖怪っぽくもあるけど、それがまた良い。能みたいな歌い方になるパートがあるのも面白い。無論、曲自体もいい(Amazon.comでちょっとだけ視聴できる)。

ちなみに、この人はこんなCDも出していたりするみたい。

シャン・ドゥ・ジャポン~フランス語で歌う日本のうたシャン・ドゥ・ジャポン~フランス語で歌う日本のうた
(2004/02/25)
バレーズ(ブリジット)バレイ(ブリッジド)

商品詳細を見る

これはこれでちょっと聴いてみたいかも。

それはさておき、このCDには他にもディーリアスを軽やかにして聴き易くしたような感じの Hiver-Printemps For Orchestra や、ドビュッシーとハンソンの合いの子みたいな感じの In the Night などが収められていたりして、内容も中々充実している。

ただ、8曲目になると急に大航海時代をテーマにした昔の映画のBGMで使われていうそうな俗っぽい感じの曲が登場。曲自体は悪くないんだけど、それまでの静謐な雰囲気がぶち壊しに(でも多分こっちのベクトルがブロッホの本分なんだろうな。ブロッホのCDはこれしか持っていないのでよく分からないが)。ソプラノもちょっとヒステリックだし。一番最後のバリトンの曲はプレミアレコーディングらしいけど、正直これはいらなかったような気が。

しかしこのソプラノの人がそうであるように、なぜクラシックの人はみんながみんなこういう型に嵌った歌い方をするんだろう。もっと素直に歌えないのか、といつも思ってしまう。ヴィブラートの入れ方がエレキギターみたいだったりするし(まあそれは他のジャンルでも似たようなものかもしれないが)。ミクにクラシックの曲を歌わせたりしている人がいたりするけど、ヒステリックでない分だけそっちの方がまだ聴き易かったりするんだよなあ。まあミクではどう頑張っても Brigitte Balleys には勝てないが。

なんにせよ、この Brigitte Balleys の壮絶かつ面妖な歌唱を聴くためだけでもこのCDを手に入れる価値はあると思う。

ロバート・ジョン・ゴッドフリー、ダイエットに挑戦する

いつの間にかYouTubeに、ロバート・ジョン・ゴッドフリーのチャンネルが出来てる。

Robert Slimming Day 90
エニドの壮大な音楽のクライマックスをきっかけに体重を量ってて笑った。なんかダイエットをしていたらしい。
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プログレの中でも、とりわけシンセ・オーケストレーションにこだわった作風がウリで、そのせいで――レイザーラモンRG風※1に言うと、「クラシック・コンプレックスとか言われて叩かれ勝ち♪」なロバート・ジョン・ゴッドフリー率いるThe Enid(MySpace)。

でも、当人がどのような思いでそれを作ったにせよ、出てきたものが魅力的ならそれでいいじゃないか、と自分は思うのだが。こういうものは結構そこらじゅうに転がっていそうでありながら、実際には余りないタイプのもののように思うし、マーラーっぽいとかよく言われるけど、じゃあエニド・ファンがマーラーをエニドの代用として聴いている、聴けるかと言えばそれはかなり疑問だし。マーラーにはギターもドラムもシンセの柔和さも無いしね。というか、内面批判は基本的に下らない。

エニドを聴いていると、シンセ・オーケストラというのは必ずしも本物のオーケストラの代用であるとは限らないのだな、と改めて思う。多分、エニドの曲のオーケストラパートを全て生楽器に置き換えても、決してプラスになるとは限らないだろうから。それに、エレキギターと生オーケストラは相性が悪いので、ライブのことを考えるとその組み合わせは余り好ましくないということもある。

The Enid Live at Hammersmith Odeon 1979 - Judgement - HD


この映像は、もう直ぐ日本でも発売されるという「Live at Hammersmith Odeon 1979」から。同時期に「Journey's End」と題された新作もリリースされるらしい。しかし、一昔前ならエニドのCDなんかプログレ専門店くらいでしか手に入らなかったのだが、何年か前に紙ジャケで再発されて以降はより簡単にそれを手に入れることが出来るようになったようで、これは良いことだ。エニドに限らず、いわゆるプログレのB級名盤も殆ど一通り全て再発されたようだし。出来れば、まだ金があった時に再発して欲しかったものだが。しかし今度は、CDという媒体自体が死にかかってるという問題が…。

英国シンフォニック・ロックのエニド、代表作2タイトルがリマスター復刻


そういえば、CDではずっと再録版のものしか出ていなかった1stと2ndのオリジナル・ヴァージョン・リマスターなんてものが出ていたらしい。とくに2ndはオリジナル・ヴァージョンの方が再録版よりもずっと出来が良いというもっぱらの噂で、これを待っていたという人も多いだろう。実際のところ、そんなにまで出来が違うものなのかどうかは分からないけど。

 ***

因みに、自分は名作と言われる1stや2ndよりもこの「White goddess」を聴くことの方が多い。

ホワイト・ゴッデスホワイト・ゴッデス
(2006/12/20)
エニド

商品詳細を見る

このアルバムは余りシリアスになり過ぎることもなく、いかにも大作という曲も無く、サウンドも比較的洗練されていて安心感があると共に、終始どこか柔らかく優しげで抱擁感がある雰囲気で統一されていて、何度聴いても余り聴き疲れしないのがよい。

あと、このアルバムには二曲のシークレット・トラックが収録されているんだけど、その内の一曲はエッジの効いたギターが印象的なヴォーカル・ナンバーで、「これ、フラワー・キングスの曲ですよ」と言われれば信じてしまいそうな、そんな感じの曲調でちょっとびっくり。エニドはこういう曲もやるのか、と。



※1 レイザーラモンRG (rgizubuchi) on Twitter
この人、こういうことに関してめちゃくちゃ詳しいな。しかもカバーしてる範囲が結構広い。でも、余りテレビとかでは使えそうにない、一部の人間にしかウケなさそうなネタばかり連発しているのがいかにも彼らしい。

鬱で暗くて病的な曲が好き

躁状態の人が作った躁な(例えばベートーヴェンの最終楽章にありがちな)曲は気持悪くて聴く気にならないが、鬱状態の人が作った鬱な曲は大好き。病的であればあるほどよい。
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以下、実際に作った人が鬱だったかどうかはともかく、暗い曲を幾つか集めてみた。

▼spirogyra, old boot wine


本当に大好きな曲。この如何にも屈折してる感がよい。実際歌詞も屈折している。

こんな分断された中にあって 誰を友として信じたらよいのか(中略)でも、我々は今救済を待ち望んでいる 悪を滅ぼし、創造へと導いてくれる人を この世を救ってくれる人を(中略)もしかしたらそれはこの僕かもって思う いや、ちがう 僕はそんなに立派な人間じゃない 
<訳:朝霧舞子>

――『BELLS,BOOTS AND SHAMBLES』ライナーノーツより――

Simon & Garfunkel - Old Friends
暗黒の中学時代によく聴いていた曲。なので、もしかしたら暗いというよりただ単に切ないだけなのかも。まあ、自分の人生は基本的にずっと暗黒時代なんだけど。途中で不協和音になるアレンジが最高。

▼Spring - The Prisoner (Eight By Ten)


これは恐らく、毒ガスで処刑される死刑囚の心情を歌ったものだと思う。メジャーコードの部分が虚構の希望を思わせて余計に切ない。それはそうと、2:44のあたりが「お母さんに、なりたいねん」と聞こえて仕方が無いのだが、この曲は既にタモリ倶楽部の空耳アワーに応募されていたりするのだろうか。

▼Storm and Thunder Live - Earth and Fire


懐かしくて涙が出た。これはライブということもあって余り暗くは聞こえないかもしれないが、CDでは結構病んで聞こえる。いや、単にこれを聴いていた時の自分が病んでいただけなのかもしれないが。

▼Julee Cruise - Into the night


病んでるといえばこれでしょう。もっとこういうのないかなあ。

minna-no uta - mizutori(谷理佐)
「みんなのうた」に於ける名曲、『水鳥』。聴いたことがある人も多いはず。でも、テレビバージョンの方がCDよりも良い曲に聞こえる。この後さらに盛り上がる感があるし(実際はさほど盛り上がらず終わる)。それにCDではストリングスパートでタムとスネアがでしゃばり過ぎ。

新居昭乃 (Akino Arai) - Solitude
もっと闇を!

Albinoni: Adagio in G Minor
クラシックで暗い曲といってまず思い浮かぶのがこれ。

Samuel Barber - Adagio for Strings, op.11
同じく定番中の定番。

SEVEN LAMENTATIONS ON THE DEATH OF JOHN DOWLAND(NewStyle.org)
そのバーバーのアダージョを地味にして三倍くらい暗くした曲。一時期こればっかり聴いていた時があった。

Pachelbel - Chaconne in D minor (CLAVIORGANUM)
そこそこの辛気臭さ。こういうのは他にも幾らでもありそうだけど。

▼Ciacona in F minor - J. Pachelbel


同じくパッヘルベルのシャコンヌ 。こちらはヘ短調。鬱というには情熱的過ぎるが、これはマイナー系の傑作だろう。

▼Bach Musical Offering BWV 1079 Part 16


辛気臭王、J.Sバッハの「音楽の捧げ物」から六声のリチェルカーレ。「フーガの技法」はさらに辛気臭い。

▼Cantar del Alma by Frederico Mompou


ピアノ曲で有名なモンポウの歌曲。この密やかに感情を搾り出している感がなんとも言えない。初めてこれを聴いた時は鳥肌が立った。これもそうだけど、自分は今までクラシックの歌唱法にずっと苦手意識を持っていたのだが、これまでの経験上、ソプラノは苦手だけどメゾソプラノなら大丈夫ということが多いようなので(ここで歌っているのもメゾソプラノ)、もしかしたら自分が苦手だったのはクラシックの歌唱法じゃなくて、ソプラノの方だったのかも。

▼Away(エリック・サティ/グノシエンヌ三番)


これも定番。サティの『グノシエンヌ』はドラマなどのBGMとして使われることも多いけど、もしこの曲が使われていたら、それはその物語(及びそれがテーマとして使われている人物)が決してハッピーエンドを迎えることはなく、はっきりとしたカタルシスももたらさないまま終わっていくことを暗示しているのだと勝手に思っている。

Carrington - Outside Looking In(マイケル・ナイマン)
コレもよく聴いたなあ。暗いというよりは甘いに近いけど。にしても、同じ様な曲ばかり作り過ぎだろ、この人。

New Trolls - (concerto grosso) Adagio
甘いついでにこれも入れてしまえ。まあこういうのを入れだしたらきりが無くなるけど。

 ***

後はと言えば、鬱曲の定番であるキングクリムゾンの『Epitaph』『Starless』『Moonchild』や、シャルル・ケクランの『ひとの苦しみについての瞑想』、スティーヴン・アンダーソンの『Missa Magica Part V』、ブッカー・リトルの『Man Of Words』、Diederik Wisselsの『From This Day Forward』などが思い浮かぶが、ここで紹介したものも含め、本当に鬱で本当に暗くて病的という三拍子がそろった曲というのはそうそうあるものではない。特に病んでる感が不足している。病的と言ってもただ単にアレげなだけの曲だった幾らでもあるんだろうけど。現代音楽なんかは詐病感が強いものが多いような気もするし。まあ余りそれらを聴いたわけでもないので、あくまでイメージだが。

とにかく、これは明らかに暗黒ソングの供給不足です。ということで、皆さんもっと暗くてもっと鬱々とした、もっと病的な曲をもっと沢山作りましょう。そしてそういう曲が既にあるのならば、どんどんそれを情報開示していきましょう。

追記:
 
あ、ショスタコーヴィチの『弦楽四重奏第15番』を入れるのを忘れていた。
因みに、この手の話題でよく出てくるメシアンの『世の終わりのための四重奏曲』は敢えて入れなかった。あれはタイトルほどは暗くないので。あとフォーレの『エレジー』やヴィターリの『シャコンヌ』、ポルムベスクの『望郷のバラード』、シューベルトの『死と乙女』第2楽章など、暗よりも情熱に重心がありそうなクラシックの曲は歯止めを掛けるためにも入れなかったが、マイナー系の曲が好きな人はこういうのも聴いておいて損はないかも。それから、ギヨーム・ルクーの『弦楽四重奏のためのモルト・アダージョ』なんかもその系統だと思って入れなかったのが、これは今聴いてみると結構暗いし鬱っぽい要素も含んでいる気が…。他にも、情景的な性質が強すぎるかと思って入れなかったグリーグの『オーゼの死』なんかも入れておいてもよかったかもしれないと思うが、もうここらへんで止めておこう。

「So What」の違和感

カインド・オブ・ブルー+1カインド・オブ・ブルー+1
(2005/07/20)
マイルス・デイビスジミー・コブ

商品詳細を見る

マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』は、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビイ』やソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』らと並んで、恐らくジャズのCDの中でも最も有名なものの一つだろう。モードジャズを代表するアルバムとしても有名だ。

So What by.Miles Davis


で、そのアルバムの一曲目を飾るのがこの曲なのだが、どうも違和感を感じざるを得ない箇所がある。それはちょうど「2:13」辺り。何か意図せぬ音が出てしまって、それを慌てて誤魔化そうとしたかのようなカッコ悪さを感じる。ジャズを聴いていて、余りこういった激しい違和感を感じたことはないのだが(元々変なのは除いて)。しかし、これだけ有名なアルバムの有名な曲なのに、余りこの部分のことが話題に挙がっているのを目(耳)にしたことはない。ということは、他の人はこの部分に何も違和感を感じていないということなのだろうかと。いや、そもそも自分はジャズ界の常識なんてこれっぽっちも知らないので、もしかしたら、そこではこれは何度となく取り上げられた話題なのかもしれないが。

ただ、初めてこの曲を聴いた時から暫くはそういった強い違和感を感じていたのだが、その後何度も繰り返して聴くことで徐々にそれは薄まって行き、今聴くとその違和感も半減していたりはするのだが。

Miles Davis - So What(1964)


こんなのがあった。もう全然違うものになってる。

ジャン=ミシェル・ダマーズ氏の自作自演がYouTubeに

2005年に浜離宮朝日ホールで、ジャン=ミシェル・ダマーズ氏を
迎えて行われた清水信貴氏のコンサートでの演奏の模様の一部が
YouTubeに投稿されている。なんでもこのコンサートでは、
そのプログラムの殆どがダマーズ氏の曲で占められていたらしい。
まあ、わざわざ本人を迎えて行われたものだから、当然といえば当然?

J.M. Damase - Nobutaka Shimizu Flute Sonata en Concert


フルートとピアノのための演奏会用ソナタ

J.M. Damase - Nobutaka Shimizu Flute Sonata en Concert


Excerpt, Piano Solo by Jean-Micael Damase


ピアノソロも。曲はソナチネ(1991)。

Flutes - Tokyo Japan - JM Damase - Dialogue pour deux Flutes
こちらはダマーズ氏抜きで演奏された、2本のフルートのための対話

Trio pour deux flutes & piano - Tokyo Japan


2本のフルートとピアノのための三重奏曲。
このコンサートのものではないが、残りの楽章も投稿されている。
ANDANTE /ALLEGRO /ALLEGRO RISOLUTO

ダマーズ氏の曲で一番有名かつ人気があるのは多分この曲↓
J.M.Damase Sonata for flute and harp 1st movement

だと思うけど、この三重奏曲もそれに匹敵する程の魅力があるように思う。

Encore - Alexander Scriabin Etude - arranged by Damase
そしてアンコールでは、スクリャービンのエチュード(6番)を
ダマーズ氏が編曲したものが演奏されたようだ。
ダマーズ氏曰く、この時の演奏がこの曲の初演だということ。

やっぱりこの人の室内楽作品は格別に素晴らしい。
でもこの人のCDを店で売っているのを見かけたことは殆ど無い。
上で挙げた三重奏曲が入ったCD(そこでも彼本人が演奏)が
欲しいんだけどなあ。通販という手もあるが、通販だといつ家に
人がやって来るか分からないので苦手。もうかなり前から注文したい
とは思っているんだけど、それが億劫で未だに注文出来ていない。

自分が持っている彼に関するCDは以下の二枚。

Jean-Michel Damase : Flute & Harp MusicJean-Michel Damase : Flute & Harp Music
(1994/07/26)
Ferenc SzucsGillian Tingay

商品詳細を見る

Piano Music by Jean-Michel DamasePiano Music by Jean-Michel Damase
(2006/02/28)
不明

商品詳細を見る

特にフルートとハープのための作品集が素晴らしい。
これは自分が持っているクラシックのCDの中でも最も気に入っているものの一つ。

「現実」が正しくありますように…という呪い

<タワーレコードフリー・マガジン『intoxicate』 vol.74>より~

その夢が恐るべき敵に降りかかりますように
INTERVIEW&TEXT:前島秀国 ――スティーヴ・ライヒ――

 《ダニエル・ヴァリエーションズ》の場合は、私が作曲の題材を選んだのではなく、題材の方が私を選んだというべきだ。(2002年にパキスタンで斬首処刑された)ダニエル・パールの父親が面会を申し込んできて、彼を追悼するための曲を委嘱してきたんだ。すでに新作の委嘱を受けていたから、パールが殺される直前に遺した言葉「私の名前はダニエル・パール」を第2楽章のテキストにして、曲を付けることにした。(中略)
 ダニエルという名前は旧約聖書のダニエル書に由来するが、実は作曲に着手するまでダニエル書を読んだことがなくてね。ダニエル書に出てくるネブカドネザル王の言葉「私は夢を見た。恐ろしい光景が夢の中に現れ、頭に浮かんだ映像に悩まされた」には、本当に驚いた。ワールドトレードセンターのことが、即座に頭に浮かんできたからだ。でも、話は9・11に限らない。バーミヤンの仏像破壊、バリ島やベスランやロンドンやマドリッドのテロ……。第1楽章のテキストになったネブカドネザル王の言葉は日々、現実のものとなっているんだ。
 第3楽章のテキストには、王に対するダニエルの返答「その夢が恐るべき敵に降りかかりますように」を用いた。これは例えば、ナチスの“千年王国”で世界制覇を夢見たヒトラーが最終的に拳銃自殺したこと、あるいはナポレオンがエルバ島で死んだことなどを考えてみるとわかりやすい。こんな例を出すのは申し訳ないが、太平洋戦争終戦時に中国と太平洋の支配を夢見ていた日本軍将校が自決したのも、そうだね。ダニエルの言葉は、非常に古くからある言い伝えなんだ。歴史を見れば明らかなように、他者を支配し、殺戮した者は、やがてその行いが自分に降りかかってくる。おかげで、我々はみんなファシストにならずに済んでいるというわけだ(談)。

このインタビューを読む限り、どうもこの曲は追悼曲というよりは呪いの曲と言った方が適切であるような気がするな…。

それに、彼は「おかげで、我々はみんなファシストにならずに済んでいる」と言っているが、その発言に対しても違和感を覚える。むしろ、人間を「正しい我々と誤った彼ら」の二種類に分類することが可能であるかのようなそういった考え方こそが、ファッショの源となっているんじゃないのか。そして「我々みんな」がそれを克服出来ないが故に、束となることでしか生き残ることが出来ない状況が成立しているが故に、そういった性質を拭い去れないが故に、人間にとって避けえぬ資源と環境の奪い合いや、その争いに敗れた者達の復讐という暴力合戦もまた、より大規模なものとなって表れることになる。

9・11のテロにしても、その裏にはアメリカの支配と殺戮に対する抵抗や復讐という動機があり、ある特定の人達からすれば、それはまさに「その夢が恐るべき敵に降りかかりますように」という願いが具現化した瞬間でもあったわけだし。アメリカ人だってそのことを全く知らないわけでもあるまいに。
--------------

予め予言された「恐ろしい夢」。全ての人々が幸せを獲得し、それを維持し続けることは許されない。その予言された「恐ろしい夢」は誰かが必ず引き受けなければならない。人間にとって「現実」とは、常にそういった大きな恐怖と苦痛を突きつけてくる残酷さを備え持った存在だ。

そして人間は、その残酷さが自らや自らの拠り所となる依存対象(特定の思想や信念、宗教、共同体、システム、人物等)に向けられた時、その「現実」を誤ったものだと認識し、それが是正されるように望む。だが同じ「現実」ではあっても、その「現実」が変化することによって、今以上の残酷さが自らやその依存対象に向けられることになるのではないか、という懸念を誰かが覚えた時、その者はその「現実」を(ある程度)正しいものだと認識し、その是正を阻止しようとする。それは例えるならば、お互いがお互い「誤った現実」を押し付け合う爆弾ゲームのようなもの。

実際のところ、「現実」はただ人間にとって残酷なだけで正しくもなければ誤ってもいないのだが、そうやって人間社会に多くの「正しい現実」や「誤った現実」というものが作られていく。そこに政治の原点がある。従って正誤という観点から「現実」を観察しようとした時、その者が見ているのは既に「現実」そのものではなく、人間同士が「現実」から義務付けられた残酷さをお互いに押し付け合っている様を見ているということになる。

そんな風に考えると、「現実」が正しくありますように…、と願うことは、一種の呪いなのではないかと思えてきた。一見清らかにも思えるその祈りの根底には、どうせ「恐ろしい夢」が具体的なものとなって人間達に降りかかることが避けられないのであれば、その夢が自身にとって邪魔となる者達にこそ降りかかってくれればいいのに…、というどす黒い思いもまた、同じくしてそこに流れているのではないかと。

勿論、その「現実」の生み出した残酷さは、そんな人間達の思惑や政治活動をすり抜けて、突如として目の前にやって来て、その義務を果たすように要求してきたりするものであったりするのだが。

Reich at NEC - Daniel Variations


しかしだとすると、追悼曲であるこの曲に冒頭のインタビューで述べられていたような意味が込められていたとしても何ら不自然ではない。そもそも、その祈りは祈りであると同時に呪いであり、呪いであると同時に祈りでもあるのだから(というか、宗教曲は元々こんなものなのかもしれないし、単にダニエル繋がりでそのテキストを用いた結果そうなっただけなのかもしれないが)。それに、よくよく考えてみると、誰かに不幸が訪れることが誰かの鎮魂になるであろうと人々が思うのはごく一般的なこと。「誰々の死を無駄にしない為にも奴らに不幸を!」なんてのは、作られた物語だけでなく、実際の人間社会でもよくあることだし。

そういや、自分も呪いと鎮魂の二つの意味を同時に込めたを作ったことがあったっけ。ただ自分がその曲に込めた呪いは、特定の誰かではなく、誰もが備え持つ「人間の資質」そのものに対するものだった、という違いはあるが。

高嶋兄に頼んだならば

Gacktの声で歌うソフト VOCALOID「がくっぽいど」6月発売(ITmediaNews)

DTMソフトメーカーのインターネット(大阪市)は5月7日、歌手のGacktさんの声を元に作成した合成音声で歌わせることができるソフト「がくっぽいど」(GACKPOID)を6月中旬に発売すると発表した。同社Webサイトでサンプル音声の公開も始めた。価格は未定。

高嶋の「ビリー・ザ・キッド」じゃない方に
吹き込みを頼んだら、スターレス祭りだったのに…

歌手としてCDを出していた時期があり、その際に自身のシングル『こわれるくらい抱きしめたい』のB面でキング・クリムゾンの楽曲『スターレス』をカヴァーしていたり、ロックバンドでベースを演奏していたこともある。(…中略)テレビ東京「ROCK FUJIYAMA」に出演した際には、プログレッシブ・ロック(前述のキング・クリムゾンに代表される音楽ジャンル)に対する愛を語り、その意外性が話題となった。ある新聞には「こんなに活き活きした嶋政宏を見たことがない」と評されたほどであった。その番組ではロックの話をする際に、内容があまりにもマニアックなものもあったため、鮎貝健やSHELLYを始めとする共演者でさえも誰も話題についていけないほどに困惑させただけでなく、キング・クリムゾンの楽曲名とかけた「スターレス嶋」と呼ばれ、非ミュージシャンながらも「ROCK FUJIYAMA」に3度の出演を果たし、番組最多出演ゲストとなった。その関係で、番組初登場後のあまりの反響ぶりから、キング・クリムゾンのベストアルバムのライナーノーツを担当した。また、うつ病を患って入院し、回復しつつあった病床の父・忠夫の前で『スターレス』を歌ったことも告白したことがある。
<Wikipedia「高嶋政宏」より>

幾ら同調効果で暗い気持には暗い曲が合うとはいえ、
鬱病患者に「スターレス」を歌ってみせるってのはどうなのだろうか。

その「スターレス」を含むキング・クリムゾンのアルバム

レッド(紙ジャケット仕様)レッド(紙ジャケット仕様)
(2006/02/22)
キング・クリムゾン

商品詳細を見る

▼高嶋政宏氏によるアルバム・レビュー

この先人類が到達しえないであろう最高の極みに上り詰めたアルバム。REDに針を落とした瞬間、血液が逆流。俺が望んでいたものはこれだったんだ!!
         俺はスターレス高嶋だ!!
<J-WAVE 東京 REMIX 族 2007.5.26放送分より>

直接関係は無いが、なんとなくユーライアヒープの
「ジュライ・モーニング」が聴きたい気分になった。

前からそうだったのだろうけど…

どうやら梅雨入りしたらしく、
昨日辺りから盛んに雨が降り続けている。

自分が住んでいる所は裏がドブになっているのだけど、
トイレに入るとそのドブに雨水が落ちる音が聞こえてきた。

ふとその音に耳を澄ましてみると、
その雨音の鳴るリズムといい音程の変わり具合といい、
これが結構魅力的な音楽になっているではないか。

ちょうどケニー・ホイーラーの「Deer Wan」を聴いていた
ということもあってか、降り止みかけた雨水の残党達が
いい具合にスイングし適度に意外性を織り交ぜた心地の良い
即興演奏を奏でているように聴こえた。

勿論、今日だけ特別な雨音が鳴っていた訳じゃないだろう。
きっと、前からずっとこうだったはずだ。
でも、今日はそれがハッキリと音楽に聴こえた。

今までそれに気付かなかった自分の耳が
如何に鈍感だったかということだ。

それにしても、水滴が水溜りに落ちる
ことによって生まれる音色は本当に魅力的。

ついでに、まだ本格的な夏がやってくる前の涼しげな
梅雨の日の夜に聴く「Deer Wan」もまた本当に魅力的。
 

(6/15追記)
あの後再びトイレで雨音を聴いてみると、
今度は訳の分らない現代音楽みたいに聴こえた。
結局、たまたまあの時の「演奏」が良かっただけかも。
 

モルヒネとしてのダマーズ

この所、ASVというレーベルから発売されている、
ジャン=ミシェル・ダマーズのフルートとハープの為の作品集
をよく聴いています。
(amazon.comで視聴できます)

まあ、この様な状況に陥ってから長年が経過し、
希望すらとうに消えうせてしまった人間ですから、
せいぜい音楽を聴くか、ネットの治安の良さそうな所を
少し徘徊して回るくらいしかすることがない訳です。

以前はよくテレビを見ていましたが、
最近はもう殆ど見なくなりましたしね。
どうせ気分が悪くなるだけですから。

しかし、音楽を聴くといってもこういう状態だと
なかなか集中して聴くことも出来ない。
絶えず不安と恐怖と憎しみで心がささくれ立って、
それが心の芯の部分には届かない。

だから、どちらかといえば楽しみとして音楽を聴く
というよりは、その苦痛を少しでも誤魔化す為に
音楽を聴いているという性格が強い。

つまり、鎮痛作用を期待して音楽を聴いている訳です。
そして、特にその作用が強かったのがこのCDです。

ともかく、収録されたどの曲もこの上なく美しく素晴らしい。

それらの曲を聴いていると、心の奥深くに根ざし、
なかなかその姿を消そうとはしない強固な憎しみを
打ち消してくれる様な気がする。
苦しみを和らげてくれる様な気がする。

と言っても、本当にそれらを消し去ってくれる
というよりは、曲の素晴らしさによって、
感覚を違う方向に向けてくれるという感じなのですが。


これらの曲を作曲したジャン=ミシェル・ダマーズ氏は、
フランス生まれの作曲家で、ピアニストでもあり、
教育者としても熱心な活動を続けていらっしゃるようです。

しかし、これだけ素晴らしい曲を作っているのに、
作曲家としてはまだまだマイナーな存在で、
CDも殆ど出ていない為、一部の人達にのみ知られ
その人達に高く評価されているといった所でしょうか。

この方は1928年生まれでまだご存命なのですが、
きっと本当にその活動に相応しい評価を受けるのは
その死後になるんでしょうね。
縁起でもないことを言ってしまいましたが、
そういう事は往々にしてあることで…。

でも、ひきこもりに関しては
自分の死後も正しい理解を得られず、
延々と濡れ衣を着せられたまま
死んでいく運命にあるんだろうな。

まあ何時の時代にも、その形こそ変われど、
疎外され濡れ衣を着せられたまま憤死していく
人間が必要とされますからね。
なんせ人類の存続がそれを求めている訳ですから。


それはともかく、YouTubeでダマーズを検索してみると
二件ほど見つかりました。

ハープ独奏曲、シシリアーノの変奏


二台のピアノ、又は二台のハープの為のソナチヌ


ここではピアノとハープという変則的な
編成で演奏されています。
でもピアノとハープという組み合わせはどうも
相性が悪いような気もしますが…。

どちらも私の持っているCDには収録されていない曲ですが、
何れも魅力的な曲です。
もっと沢山CD(特に室内楽の)が出ればいいのになあ。

(追記:既に出ていたようです。
売っているのは見たことないけど)
 

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プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
-------------------------
※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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