ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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世にも奇妙な…

自分が小学生の時の話。

自分が通っていた学校では、それぞれのクラスで
そのクラスをより良くする為の目標を取り決めて、
その目標を達成する為にクラスが一丸となり
協力し合わなければならないという方針があった。

そして、うちのクラスの目標は
「みんな仲良く」というものだった。

だがそんな目標は不可能だ。

だからこそ、どの時代のどの場所であっても、
常に個人レベルの小さな諍いの様なものから、
集団同士の大きな争いまで含め、
ミクロ的マクロ的戦争が絶える事はない。

世の中には、どうしても肌の合わない者同士がいる。

重要なのは、その肌の合わない者同士が、
お互いに上手く距離を保ち、それが原因で「斬った張った」や
「お互いがお互いの存在自体を否定する」といった
最悪の状態にならないように注意を払うことである。

つまり、肌の合わない者同士は「みんな仲良く」という
不可能な目標を目指すのではなく、
如何に上手く、肌の合わない者同士としての付き合い方を
するかという事こそ学ばなければならない。


明らかに目標設定が間違っている。

しかし、例えそれが誤った目標であっても、
それをクラスの目標と決めたからには、
その指針通りにクラスを運営しているという
体裁を保たなければならない。

その為には、
「うちのクラスは目標を達成する為に
こんな取り組みをしていますよ」
という何かアリバイの様なものが必要になってくる。

そして、その取り組みのアイデアとして
クラスで話し合いが行われた結果、
クラスの中心人物達の意見が採用された。

その取り組みとは、
「二十分休みはみんなで一緒にサッカーをして遊ぶ」
という全体主義的なものだった。

仲の悪い者同士を無理やり一緒に遊ばせた所で、
それで仲が良くなる訳がない。
むしろ余計な軋轢を生むだけだろう。

正に、体裁の為に実際を犠牲にする馬鹿げたルール。

そもそも、命令によって無理やり笑顔を作らせたところで、
それは決して「笑っている」のではないのと同じ様に、
肌の合わない者同士を無理やり一緒に遊ばせたところで、
それで「仲が良くなった」なんて言える筈もない。

だが、そこは実際よりも体裁を重んじる
というのがこの国の伝統文化。
その文化は既に子供の社会にも根ざしていた。

自分からすれば、その取り組みを提案した
クラスの中心人物達は、でしゃばりで慎み深さがなく、
集団を扇動したり、誰かを貶めることで自身の人気を
集めようとする様な者に思えて、大嫌いだった。

だから、なるべくなら余り関わりたくなかった。

それに、争い事が嫌いだった自分にとっては、
一つのボールを訳も無く奪い合わなければならない、
サッカーという競技自体が余り好きではなかった。
そもそも、そのルール自体もよく知らなかったし。

しかし、それがルールである以上それに従わなければならない。
例え、それがどんなにバカバカしいものであっても。
だから、自分は仕方無くそれに義務的に参加していた。

そう、クダクラゲの一部位になる為に。

 ***

ところがある日、普段は形式だけで済まされる筈の
「終わりの会」に於いて、そのクラスの中心人物の
一人から一つの議題が持ち上がった。

その議題とは…

「○○くん(私)達が、本気で遊んでません!」

だからなんなんだ、と言いたくなるが、
その本気で遊んでいない奴らを懲らしめるべきだ、
という私を糾弾すべくして出された訴え
であったことは明らかだった。

「みんな仲良く」というクラスの目標。
そして、その体裁を保つ為に取り決められた
「みんなで一緒に遊ぶ」というルール。

そのルールにより誠意を尽くして対応しようと
していない悪を懲らしめる為の正義の裁き。
「仲良くする者」からの「仲良くしない者」への
「仲良くする為」の鉄槌。

もうはっきり覚えていないが、
そのことに対してクラスで一通り意見が出され
話し合いが行われたような気がする。
概ね「もっと一生懸命遊ぶべきだ」というような
意見で統一されていたように思う。

その中には、訴えられはしなかったものの、
「一生懸命遊ぶ」ことをしていない者もいたのだが、
みんなその場の雰囲気を読み取って「正義」の側に付いたのだ。

そしてその訴えに対し、話し合いを通して
最終的に先生が出した判決とは…

「○○くん、これからはもっと本気で遊びなさい」


なんなんだ、これは。

朝起きたら巨大な虫に…何て次元を遥かに超えている。
何故ならば、虫は目で確認出来るからだ。

その時、そこでは目には見えない、
何かとてつもなく奇妙な出来事が確実に起こっていた。
しかし、その出来事を確認出来たのは私を含めて、
一緒にその糾弾を受けることになった二、三人だけだ。

クラスの残りの人間達は、その出来事に気付くどころか、
むしろその奇妙な現象の一部なのである。

ただでさえ話すのが苦手な自分が、その集団の中で
その訴えに反論するなんてこと出来る筈もなかった。

自分はもう泣くしかなかった。
恥ずかしながら、小学生の時は泣き虫だったのだ。
でも、悲しくて泣くんじゃない。

それが、感情を言語や暴力に変換して上手く
発散することが出来ない者の、
ただ唯一の発散方法だったのだと思う。

言わば、桂ざこば的悔し涙。

それに、反論したところで
クラス全員がその現象の一部なのだ。
「もっと一生懸命遊ぶべきだ」と意見した奴らなのだ。
一体、そういう環境の中で一個人が何を出来よう。

自分には、その現象が一刻も早くその場から
姿を消すのを待つことだけしか出来なかった。

だが、その願いは叶わず、
その場所では度々その様な奇妙な現象が起こり、
そして、その現象は今も私の一部となって生き続け、
私の未来と現在に常に介在してくるのだった…。


学校という、世にも奇妙な不思議ワールド。

そこでは、人知を超えた、
いや人間という集団だからこそ生み出される
目には見えない奇妙な出来事が
今日もまた起こっているに違いない。

そして不運にも、その目には見えない現象の
存在を確認してしまった人達の未来には、
どんよりとした不吉な暗雲が立ち込め始めるのである。
 
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地下での葛藤

人間問題の解決を求めて」で書いた
夢をイメージした曲を作ってみました。

劇伴としては明らかに失格な曲ですが、
あくまでイメージ曲なので…。

chikav20070329.mp3「VSTi版」
chika20070329.mp3「S-YXG50版」
この曲がここで展示したファイルの中では
一番自分の(能力を鑑みた上での)作りたいものに近い。
一般性を保っているようで実は微妙にひねてる所とか。

曲調は、限界に追い込まれた時の脳内物質による
麻薬作用をイメージして敢えて明るめに。
たまに、そういう事をイメージして曲を作ります。

まあ、途中でエネルギー切れのタイマーが点灯して
大抵は最後まで完成しないのですが。

でも、fc2ブログでもアップ出来るようにと
50秒以内の制限を設けた為、今回は完成。
そういう意味では、制限があったからこそ
生まれた曲(と言う程でもないが)とも言える。

S-YXG50版では、フルートとハープの音色を使用。
VSTi版では、「IxoxFlute」と「Uncut Pipe Organ」を使用。

フリーのVSTiでは、
シンセ系には良いものが沢山あるかもしれないけれど、
生楽器系の音色ではなかなか良いものが無いのが現状ですが、
この二つはその中でも数少ないイケてるVSTiです。

IxoxFlute
入手先→http://xhosxe.free.fr/
IxoxFlute.jpg

以前にも「マジックポイント回復ボタン」で使用したもの。

エクスプレッションの値によって、
0から42までがノーマル奏法、43以上でスタッカート、
85以上でパーカッシブ奏法といったように、
奏法を切り替えることが出来るようになっています。

その他、今回は殆ど使っていませんが、
コントロールチェンジによって、ヴェロシティや
ヴォリュームは勿論、アタックタイム、リリースタイム、
そしてピッチも微妙に変化させることが出来ます。
素晴らしすぎます。めちゃイケです。

ただ、見たところヴィブラートを
コントロールする項目は無いみたい。

これでヴィブラートさえコントロール
出来れば文句なしだったんだけどなあ。
でも素晴らしいものであることには違いないです。

Uncut Pipe Organ
入手先→http://www.uncutplugins.ca/index.html
UncutPipeOrgan0.jpg

これまたエクセレントなVSTiです。
見て分る様に、ちゃんとストップが付いていて
音色を変化させることも出来ます。
フリーでこのクオリティなら万々歳でしょう。

ここに展示したファイルでは、
案の定ビットレート問題で音が割れまくっていますが、
勿論、元から音が割れている訳ではないのでご心配なく。
たまに(元の状態で)直ぐに音が割れてしまうVSTiが
ありますが、これはそうではありません。

因みに、この録音では「Ambience」を
インサートして鳴らしています。
「Ambience」は結構派手なので(プリセットのままだと)
いつでも使えるというものではありませんが、
このVSTiとは結構相性が良いように思ったので、
元々Uncutに付いているリヴァーブっぽいパラメータを
オフにしてそちらでリヴァーブを掛けてみました。

 ***

…ただ、今回VSTiを使って録音してみて思ったのは、
やっぱり、DTM音源は良いなあということ。

DTM音源の場合、規格が統一されていて、
しかもそれだけで完結することが出来るので、
一通り基本的なことさえ覚えてしまえば、
後は音楽のことだけを考えていればよい。
音も、あれこれ策を講じなくとも勝手にまとまってくれるし。

ところがDAW系のものはそうはいかない。

一つの物だけで完結という訳にはなかなか行かないし、
それぞれの音源に対して、それぞれの使い方や特徴を
把握した上で作業を行わなければならない。
当然、覚えなければいけない事も格段に増える。

それに、道具が増えれば増える程
それによるトラブルの原因も増えてくるし。

つまりそれは、音楽以外のことで神経を
使わなければならない状況が増えてくるということ。
本当は、道具の事じゃなく音楽のことだけを考えていたいのに。

確かに、音自体のクオリティは昔に比べ格段に上がった
のかもしれないが、もう少し利便性の向上にも目を向けた
進歩を果たして欲しかったなあ。

いや、フリーの物だけで済ましている
自分が言う台詞じゃないけど。

でも、あのローランドですらDTM音源からは撤退したんだっけ…
と思っていたら、なんとそのローランドから新しい
DTM音源が発売されるらしい。
http://www.roland.co.jp/products/MMF.html

商品の詳細は殆ど書かれていないが、
このソフト全盛の時代に敢えてハード音源で
挑んでくるということは、きっと素晴らしいものに違いない、
と勝手に想像してみるとなんか欲しくなってきた。


よし、バイトして金貯めて音源買うぞ!
そして、今まで欲しかったCDも全部買い漁ってやるんだ…

…と、自分を奮い立たせ、
何とかこの状況から抜け出そうと試みてみたものの、
結局どうにもならなかった若き日の事を思い出してしまった。

そう、そんなに簡単な問題じゃないんだ、この問題は。

勿論、大抵の人達にとっては、努力でなんとかなる
問題の様に思えるのだろうけど、自分にとっては、
もっとミッション・インポッシブルなことなんだ。

イスラエルとパレスチナの関係改善と同じ位に。
 

浮上せよ

また、鬱が酷くなりかけている。
そうなると恐怖と不快感でいても立っても居られなくなる。
ちょっとした他人の悪意にも過敏に反応してしまう。

10ワルー(悪意度数)を500ワルーくらいに
感じとってしまう。

世界中が自分の敵に思えてくる。

そして、それによって生み出される苦しみが、
自分を竹やりで大量破壊兵器に立ち向かう様な
無謀でヤケクソ気味な戦いへと誘おうとする。

でもそんな戦いをしてみた所で何も良いことはない。
益々、底知れぬ鬱の深海へと沈んで行くだけだ。

多分、今が分岐点だと思う。
このまま深く沈んでいくのか、それとも浮上するのかの。

まあ、例え浮上したところで、
深海暮らしが長かった自分は、既に心の内が
深海魚の様な異様な風体になってしまい、
浅瀬の環境にもなかなか馴染めないのだが。
 

口直し

ac20070324.mp3
「人間問題の解決を求めて(2)」ではまた
バトルモードに突入して醜態を晒してしまった。
(1)でやめときゃいいのに。

いつも、投稿してから後悔する。
後から考えると、何故、態々自分の醜さを
ネット上に晒さなければならないのかと思うが、
かといって、投稿しなければしないでまた、
もやもやし続けるのだろうし。

でも一度投稿したものを消すのはなんだか
卑怯な気がして気が引ける。
いや、いずれ消すかもしれないが。
ただ、ご丁寧に番号までふってるしなあ。
(1)の方は消す気はないし…。
ああ、めんどくさい。

とにかく、この気持ちをさっさと払拭したいので、
口直しに音楽の話題。
というか、もう一生音楽のことだけ考えていたい。
いや、そのくせ音楽理論とか全く知らなかったりするのだが。

今回はヴィオラとチェロの二重奏。
音源はヤマハの「S-YXG50」

しかし、ヴァイオリンやヴィオラの音色は、
MP3化する時にビットレートを落とすと
どうしても音が割れてしまう。

何とか改善出来ないかと、
ソフト側でレゾナンスを下げてみたけどやっぱり駄目。

後の方で鳴っているアンサンブルの場合は
それで少し改善されることもあるが、
これだけ前に出てくるものではどうやっても音は割れる。
REAPER側でEQを使って音を削ってみても駄目だった。

やっぱりfc2の一ファイル最大500KBまでという
制限はちょっと厳しい。
それぞれ目指す方向が違うのは分るけど、
ブログの基礎能力としてせめて2MBくらいは欲しい。

因みに、実際に無伴奏ヴァイオリン曲のCDを「lame」で
MP3化してみたら、192kbps未満の設定だと音が割れました。
同じ物を「午後のこ~だ」で128kbpsの設定で変換しても
殆ど音割れは気にならない程度だったのに。

使っているlameのヴァージョンが悪いのかもしれないと思い、
幾つかのものを試してみたが、全て同じ様な結果だった。

一般的にlameで変換した方が音が良いと言われている
みたいだけど、どうも音源によっては
相性の悪いものもあるみたい。

まあ、192kbps以上に設定していれば問題ないんだけど。

しかし、単にMP3に変換すること一つをとってみても、
なかなか一筋縄ではいかないようだ。
 

人間問題の解決を求めて

<ある日の夢の中での御話…>

          ・
          ・
          ・

学校嫌いの少女は今日も学校をサボっている。
親には「鬱病の症状が重い」という言い訳をしている。
そう言うと、親が勝手に学校の方に連絡してくれる。

少女の一家は大きな財閥の一族の中でも名門の一つで、
この辺り一帯を牛耳っていて、学校の存続にすら
影響を与えることが出来る程の力を持っている。

そのせいもあるのか、ズル休みしても
学校から文句を言われたことはない。

だけど学校が苦手なのは嘘ではない。
鬱病であろうとなかろうと、そこは少女にとって
辛いことしか起こらない場所なのだ。

そうやって学校をサボり、いつもの様に漫画を読んでいると、
突然、何の用かも告げられず、無理やり父親に連れ出された。

何かただ事ではないことが起こりそうな予感がした。

漫画を読んでいる所を見られたのがマズかったのか?
それにしても、まるでいつもとは別人の様だ。
気安く声を掛けることすら躊躇われる雰囲気。

実際、その雰囲気に呑まれ、何故自分が連れ出されたのか
さえ尋ねることが出来なかった。

そして、気が付くと何時の間にか
エレベーターに乗って地下に降りていた。

そのエレベーターから降りると、
そこには大きな開けた空間があった。
初めて来る場所だ。

岩肌がむき出しになったままであることや
その形状からして、恐らくその空間は
自然に出来たものであろうことが窺える。

振り返ってみると、
自分が降りてくるのに使ったエレベーターの並びに、
パイプオルガンの様に壁と一体化した大仰な石の座椅子があり、
誰かがその椅子に縛り付けられた状態で座っていた。

 「殺せ」

そう言うと、父親は少女に鞘に収められた
一本の剣を手渡した。

「大丈夫、あいつはアンドロイドだから殺してもいいんだ」
「あいつを殺さなければお前が殺される」

父親は全く無表情なまま、
事務的にただ粛々とそのルールを告げたあと、
少女が自らが置かれた状況の意味を問う暇も与えず
あっさりとその場から姿を消してしまった。

いつも我儘ばかり言って困らせているから、
そのことを腹に据えかねてこんなことをするのだろうか?
全くそんな素振りすら見せたこともなかったのに、
本当はその仮面の下でいつも怒りの炎を
燃やしていたのだろうか。

それとも、もっと何か別の理由があるのだろうか?

少女は、何がなんだかさっぱり分らず、
ただその自分の置かれた状況に対して
途方に暮れるだけだった。

一方、アンドロイドの方は、
その理不尽で危機的な状況にある筈の自らの境遇に
特段不満を漏らすわけでも取り乱すわけでもなく、
「君が僕を殺さないなら、僕が君を殺すよ」
「僕も生き残りたいからね」
なんて言っている。

多分、彼は彼を殺せなかった人間の代わりに
人間になるのを待っているのだろう。

殺さなければ殺される。

少女は納得こそ出来ないものの、
それが決して逃れようのないルールである
ということを少しずつ理解し始めた。

そう、この仕打ちは自分が我儘を言って
親を困らせたからではない。
その時期が来たからだ。

みんなこの儀式をクリアし、そして大人になっていったんだ。
虫一匹殺せないくらい優しそうなあの人達も、
ちゃんとこの儀式を通過したからこそ
今もああやって生きていることが出来るんだ。

いや、それとも既に本物は成り代られて
この世にいないのかもしれない。
どちらにせよ、そのうち一方が一方を殺し、
そうやって生き残った者であることは間違いない。

しかし、理屈ではその状況を理解出来ても、
どうしても納得がいかない。

(…この辺りから、始めは客観的であった筈の物語が、
いつの間にか主観的なものになっていた)

それがルールであることは分った。
だけど何故、自分が知りもしない者を
(そのルール以外に)理由もなく殺さなければならないのか。
殺したくなんてないのに。

かといって、アンドロイドに殺され
自分に成り代わられるなんて絶対に嫌だ。

殺したくない、でも殺されたくもない。

どうせこんな儀式を通過せねばならない
ことが決まっているのなら、
何故良心なんていうものを植えつけたんだ。
何故生き物を殺してはいけないなんて教えたんだ。
そのせいでこんなにも苦しまなければならないじゃないか。

悩みに悩んだ末、少女はついに決心した。

「殺してやる」

しかし、殺すのはアンドロイドではない。
このルールを強要する人間達を、だ。
道徳という偽のルールを押し付けておきながら、
自らはそれを破って生き残り、恩恵を受けている者達をだ。

そして、そのルールと伝統自体を殺すのだ。

少女は、殺したくもない者を脅して殺させるように
仕向ける彼らのやり方が我慢ならなかった。
自分達が殺人者(それがアンドロイドであろうと)
でありながら、子供には道徳を教えてきたことが許せなかった。

彼らは、少女が殺そうと殺されようと
それを自らの選択として捉えるのであろう。
そして、生き残ったとしても彼らの共犯者として
縛られ続けるような気がした。

でもそんなのは選択したとは言えない。
自分の意志とは言えない。
彼らの共犯者として一生を送りたくなんかない。

奴らの思惑通りに動いてたまるか!
そんなに殺しをさせたいのなら、お前らの方を殺してやる。

少女がいる開けた空間の奥の方には、
幾つかの横穴が開いていて、更にその横穴の奥には、
蟻の巣の様に幾つもの張り巡らされた通路と
無数の部屋があり、ちょっとした一つの町の様に
なっているのが何となく窺えた。

そしてその町に住んでいるのは、
この儀式を通過して地位や力を得た者達だ。
そして今は彼らがこの伝統的ルールの保守管理をしている。

少女は穴の奥に進み、彼らを一人一人殺していった。

殺すといっても一時に絶命させるのではない。
鞘に収められたままの剣を使い、
それで彼らを突いたり殴ったりして
その抵抗力を奪った上で、自力では脱出出来ない程
深く大きい穴の中に落とすのだ。

殺されたアンドロイドを遺棄する為の穴だ。

その穴の底で、自分が何故そうなったのかを
よく考え、それを理解してもらった上で死んでもらう。

少女が殺そうとする相手はなんだか
憤慨していたようだったが、
それが彼女の心に届くことはなかった。

殺しを欲したのはあんた達の方だろう。
それが自分が殺される側に回ったらからといって
何を喚き散らすことがあるのか。
全く、身勝手にも程がある。

少女はその彼らの憤りを軽く受け流し、
自分のやるべきことにだけ集中した。

そう、終わらせるんだ。
このルールが生み出す矛盾と苦しみを
二度と誰にも味合わせない為に。

もうその時には、少女は既に完全に私自身になり、
男性になっていた。

そして、夢から醒めるとそこにはいつも通りの、
悪夢以上に無残な現実が待っているのだった…。

          ・
          ・
          ・
 

またまた…

何か作ってみた。
今度は(も?)ゲームのBGM風。
 mb20060321.mp3
いや、誰も見てないんだけどね…ここ。

でも、これで結構楽しめているような
気がするのでまあいいや。

音源はウィンドウズの標準音源「MSGS」を使用。

オルゴールの音色を使っているんだけど、
この音色に関してはヤマハの「S-YXG50」よりも
一般的にショボいとされている「MSGS」の方が良いように感じた。
ヤマハみたいにくぐもっていないし。

「MSGS」はダメ音源の代表みたいに思われているけど、
必ずしもそうではない。
そりゃ、これで他の音源用に作られたデータを
聴けば駄目に思えるのも仕方は無いが。
特に、生楽器系の音色が全くそれっぽく聞こえないし。

でも、これはこれで独特のレトロ感というか
チープさというか、他の上位音源には出せない
味をちゃんと持っている。
要は、それぞれの音源にそれぞれの役割があるということ。

まあ、リヴァーブは掛けられないけど
それもREAPERを使えば問題はないし。
(勿論、録音しなければならないが)

ただ、とは言ってもVistaの標準音源がまたしても
「MSGS」だけというのは如何なものかと。
しかもVistaでは「VSC」も「S-YXG50」も使えないらしいし。

ウィキペディアによると、

"Vista" という名称はイタリア語で「眺望」という意味を持つ。
マイクロソフトによると「混乱を解消し、あふれる情報を整理し、未来を垣間見せる」とのこと。


とあるが、「MSGS」が未来を垣間見せるとは
到底思えないのですが…。
「起動音の制作にロバート・フィリップを採用!」
とかよりも、もう少し中身の音源の方に
気を配ってくれてもいいだろう。

それに、なんだか排気量と値段ばかり高くなって
どんどん使いづらくなっていってるみたいだしなあ、
今度の新しいOSは。

まるで「おうおう、みかじめ料し払わんかい!」
みたいな商売やってるなあ、この会社。
まあ、サポート期間が少し延びたからまだいいけど、
そうでなかったらほんと経済ヤクザと何ら変わらないよ。

それはそうと、何故ロバート・フィリップなのだろう。
「21世紀の精神異常者」だからか?
でも、もう既に21世紀だよ、全然未来じゃないよ。
精神異常者でも困るし。
それに「混乱こそ我が墓標銘」とか言ってる人だよ、この人。

OSの基本理念に真っ向から対立してるし。

それに実際、この人結構怖い人らしいよ。

ここのサイト→[Progressive Music Cast]
の「キングクリムゾン/インタビューこぼれ話/最終回 」
によると、

「写真を取られると自分の魂を取られる」
とか言っちゃったり、
「物凄い理路整然としている部分と、
こいつ大丈夫かな?というくらい反体制的で
物凄く感情的な部分との二面性を持っている」人らしいです。

まあ、相当な変人と思って間違いないでしょう。

そう言えば、日本の個人サイトでブートを紹介していたら、
「そんな物買うな!」と直接御大からメールが来た、
というような報告をしているページを昔見かけたような…。

こっ、怖っ!

何も、ファン個人に直接メール送らなくても良いじゃないの…
まあ、普通の人間にはあんな音楽作れない
ということなんだろうな。

…って、また誰も読まない長文書いてるな。

でもいいんだ。
誰かの為でなく、自分がやりたいという
思いに基づいてやっているんだから。
誰かにやらされているんじゃなく、自分の意志で。

それが自分の人生で一番足りなかったこと。

常に外部からの情報や要請に惑わされていた。
そして、感覚的、理屈的矛盾に逡巡し足を止めていた。
欲望を殺して来た。

それが自分の人生を忌まわしいものにした。

戸惑いこそ我が墓標銘

とでも言いたいよ、本当に。
 

綺麗なヴォイシング

また何か作ってみた。
vt20070318.mp3
と言っても、ただ某所で紹介されていた
ヴォイシングをそのまま音にしてみただけなんですが…
(気になる方は"四度累積"で検索してみて下さい。
数件しかヒットしないので直ぐに見つかります)

…でも、何か良いっす。
みんな真似したくなるっす。

ただ、このヴォイシングを活かした
曲を作る能力が無いっす。
 
※この記事を作成する時に、何度か保存・削除を
繰り返した為、タグ検索に重複して登録されてしまい、
大変恥ずかしいことになってしまっています。
迷惑掛けてすいません。
でも、一度登録されたタグを消すことが出来る
機能があってもよいのになあ…。
それとも、自分が知らないだけで
何かタグへの登録を消す方法があるのだろうか。

音で吐き出す

fdms20070318.mp3
fdm20070317.mp3(旧録音※記事の最後に詳細あり)
弦楽器と木管、それにホルンとピアノを加えた編成。
音源はウィンドウズ・アップデートで無料で手に入る
「YAMAHA XG WDM SoftSynthesizer」を使用。

たまにこんなおもいっきり直情的なメロディを
持った曲を作りたくなる。

普段はもっと抽象的な近代と現代の狭間みたいな、
言語や理屈から離れたイメージを抱かせる様な曲を
作りたいという思いが強いのだけれど。

それでもってこの不条理感を音にしたい。

だけど、その知識も技術も全く無く、
ただそういう意志だけが存在しているだけなので
それが具現化されることはない。

まあそもそも、この手の直情的メロディーの曲も
大抵は途中で気力が尽きてしまって
それが完成することは殆どないが。

今回は初めから一分以内のものにしようと
ハードルを下げていたので何とか完成した。

でも、抽象的なものであろうと直情的なものであろうと、
それを作ろうと思う時は何か得もいえぬ衝動に
突き動かされてその行為を行う。

それはどちらかというと生理現象に近い。

そうでもないと自分は動けない。
何故なら、もはや理性的な「生きる意味」を
完全に失ってしまっているからだ。

自ら死を選ぶことが出来ないという、より動物的で結果的な
「生きる意味」しか獲得出来きなかった自分には、
理性的動機もまた獲得することが出来ない。

だから、自分が動くときは
より原始的で感情的な動機でのみ動く。

そして、そこに未来は存在していない。
何故ならその動機は、衝動を晴らすことのみが目的だからだ。

多分、この衝動も「何かを吐き出す行為」の一つなんだろうな。

外界から影響を受けることで発生する内部の鬱積物を
如何に上手く吐き出すか、という精神的、感情的循環。

抽象的なものを作りたいという感覚と、
直情的なものを作りたいという感覚の違いも、
その吐き出すものの種類の違いからくるのだろう。

そして、曲を作るだけでなく音楽を聴くこと、運動することや
絵を描くこと、本を読むこと、ゲームをすること、
或いは、人と会話することや文章を書くことも
その感情的循環の一旦を担っているのだと思う。

ともかく、人それぞれの方法でその循環を行っている。

しかし、その循環が上手くいかなくなると
体や心に不調をきたしだす。

当然そうなると社会的な地位を維持し続けるのは難しくなる。
そして最終的には自殺に至る人もいるだろうし、
或いは、より先鋭的な方法でその循環を
試みざるを得なくなってくる人も出てくる。

例えば、直火で缶詰を熱した時の様な。

しかし、そのエネルギーを押し留めたら留めたで
今度は内部が圧力でボロボロになる。

外界にエネルギーをぶちまけるか、
それを留めて内部をボロボロに破壊されるかの二者択一。
精神的・感情的循環が上手く行かなくなった人間が迫られる決断。

それが原因で起こる自殺や犯罪、迷惑行為は、
道徳や法律では決して防げない。

それらの問題を解決する為には、
その人がその精神的・感情的循環を如何に
上手く行うかという技術の習得や、
その人にとってそれを滞りなく行うことが出来る環境を
如何に獲得するかということが重要になってくる。

だが、多くの人間がその症状に出す処方箋は
道徳や法律の強化という一点張り。

症状に合わない薬を出しても状況は悪化するだけなのに。
そういう人達は、道徳や法律を「仙豆」みたいな
伝説の万能薬か何かとでも思っているのだろうか。

実際は、道徳的で法律を遵守している
人間や企業なんて存在し得ないのが現実。

そして、
「ある道徳を守ると他の道徳に抵触する」
「有る人間が利益を得る為には他の人間の利益を
損なわなければいけない」
「短期的には良くても長期的にはマイナスになる」
といったように、其々の道徳や目的は常に競合する。

表向きとは違う理由でその道徳や法律を使う人間もいる。

だからこそこの世は悩ましい。

でも全てをそこに収斂して物事を考えちゃう人がいる。
まあそういう矛盾を気にせず、平気で正義を振りかざす人達は、
その正義を振り回すという行為自体が彼らなりの
感情的循環方法なのだろうけど。

 ***

それはそうと、この曲を録音してみて分ったのは、
wavに変換する時点で思った以上に音が劣化するということ。
曲によってはそれ程気にならない場合もあるんだけど、
こういう曲だと明らかにその劣化ぶりが確認できる。

これはまともなサウンドカードでも装着しなければ
改善されないのだろうか。
それともサウンドカードは関係なく、
もっと何か別のことが関係しているのだろうか。

(※単にインプットをステレオにするのを忘れていただけでした。
誤ってアウトプットの項目をステレオにしていた。
0.999は古いバージョンのREAPERとはレイアウトが
少し変わっているから、妙な勘違いをしてしまった。
後、モノラルのままソフトシンセを録音したらどうなるか、
という比較の為に古い録音も残しておくことにした)


まあそれ以前に、ここにアップしているファイルは
一つのファイルで500kbまでというFC2の上限を考慮して
ビットレートを落とした為に、音が割れてしまっているが。

いやそれ以前の以前に、
DTMの項目に分類しタグを付けたものの、
殆どDTMの話題が出てこないな、この記事。

まあ、たまにはこんな
バカボンのパパが作ったヘンテコな家の様に
「玄関の扉を開けたらトイレが…」
みたいな記事があってもいいだろう。
 
いや、ヘンテコな家と言うよりは、
もはや誰も人がいない廃屋ブログになってしまっているが。

でも心配性な自分は、
「かといって、廃墟マニアみたいな人達に
集まってこられても困るなあ…」
と余計な心配をしてしまうのだった。
 

嫌われても

「人の嫌がることをしてはいけない」
「人に迷惑を掛けてはいけない」

これらの道徳がずっと自分を悩ませてきた。

と言うのも、自分には
「自分みたいな人間が誰かと関わりを持とうと
したら、きっとその人は嫌がるに違いない」
「自分が誰かに関わることで人に迷惑を掛けるに決まっている」
という思いがある。

つまり、その思いを踏まえた上で
それらの道徳に従おうとすると、
自分が他人と関わること自体が非道徳的な行為
ということになってしまう。

だから、その後ろめたさでどうしてもそれが上手く出来ない。

尚且つ、何か動きを取れば他人に迷惑を掛ける
可能性が出てくるので、それを気にしていると
身動きすら取れない状況に陥ってしまう。

その結果、ひきこもりという一択になる。

当然、他人と関わりたいという欲求だってあるし、
他人に迷惑を掛けてでも自分の利益を追及したい
という思いもある。

でも、その欲求はいつもその道徳という拘束具に阻まれて
押しつぶされるか、もしくは中途半端な形で発散され
目的を成し遂げないうちに消えていく。

ところが、そうやって感覚が道徳に縛られ、
人と関わることや身動きを取ることが出来なくなると、
今度は、そのことをさらに道徳によって責められてしまう。

一体何なんだ、と思う。

道徳なんか無ければもっと自由に動けたのに。
もっと人と関わり合いを持てたのに。

自分だって好きでそんな拘束具を身に付けた訳じゃない。
他者から無理やり付けさせられたものだ。

なのにそれで身動きが取れなくなると
全て個人の意志の責任にされる。

でもそうじゃない。

自分が身動きを取れない理由は幾つかある。
だけど一番大きな理由は他でもない道徳によるものだ。
意志ではなく、道徳をはじめとした感覚的縛りによって
動きが取れなくなったんだ。


自分の欲望や利益を第一に追求していれば
こんなことにはならなかった。

勿論、身動きが取れない事を個人の意志の責任
として道徳的に責め立てる人間達には、
彼らの中に彼らなりのストーリーがあって
それに従ってそういう行為に出ているのだろうが、
こちらからすればそれは余りにも理不尽極まりない行為。

理屈では分っている。

本当は道徳なんて他人を縛る為の道具でしかないことを。

その道具である筈のものに使われているからこそ、
こんな事になってしまったのだということも。

でも、道徳に縛られ、そしてそれに裏切られた人間達の
怒りや苦しみ、不条理感は本当に筆舌に尽くし難い。

幾ら理屈でその顛末を理解しても
その感覚までもが晴れることはない。

 ***

そういえば、学校時代みんなに嫌われてるのに
積極的に人に関わっていく人間がいたな。

自分にはその厚かましさが我慢ならなかった。

でも、不思議とそういう人間は何時の間にか
ちゃんと居場所を獲得したりする。

本当は、ああでないといけない。

幾ら嫌われようと、他人に迷惑を掛けようと
自分の欲望に素直でないと駄目だ。

そして、その欲望が成就しようとしまいと、
その欲望に忠実に動いたこと自体が生きる糧となり、
それがその人の生きる意味を形成し続ける。

逆に、欲望を押し殺し続けた人間達は、
それを我慢し続けているうちに
段々と生きる意味が失われていく。

欲望の無い生なんてありえないのだから
それは当然の結果。

そしてそれを失った人間の行き着く先は
自殺か野垂れ死にとその相場が決まっている。

だから、人に嫌がられようが迷惑を掛けようが、
もっと自分の欲望に忠実であるべきだったんだ。
学校時代のあいつの様に。

まあ、それが行き過ぎてストーカーみたいになっても
余りいい人生は送れないが。

要はそのバランスということか。

でもマクロ的にみれば、自分が人と関われない分、
ストーカーとかナンパ師とか厚かましい営業マンとかが
その分のバランスを精一杯取っているのかもしれないな。

いや、彼らの厚かましさの分を自分が人と関わらない
ことでそのバランスを取らされているのかもしれないが

…って、流石にどうでもいいなこの論争は。
 

人間の査定(妄想)

ファースト・シーズン /巧妙なる罠

セカンド・シーズン /偽りの希望

サード・シーズン /浮かばれない代償

と続いてきた「黄昏のダークマター」

そして、その第四弾にしてファイナル・シーズン

     「人間の査定」

人知れず密やかな戦いを続けていくだけ
だと思われたひきこもり達。

しかし、ここにきて物語が一気に加速していく。

それは彼らに隠されていたある重大な秘密が
発覚したことによって始まった。

日に日にその狡猾さを増し続け、
領分を超えた欺瞞と犠牲の上に成り立つ
享楽に身を浸し続ける人類。

人間達はそれを反省するどころか、
無自覚にもその血にまみれた手で正義を振りかざし、
さらなる惨劇を繰り返し続ける。

それに対し彼らひきこもり達は、
そんな人類を今後も存続させるか否かの
判断材料を得る為に、地球の生態系が人の形を施して
送り出した調査員達だったのだ!

それに気付かず過ちを繰り返す人間達。

そこで調査員達が見たものとは一体何だったのか。

そして、自らの秘密に
気付いてしまった彼らの運命とは?

地球の生態系が人類に下した驚くべき最終判断とは?

ついにその全貌が明らかにされる…。

         ・
         ・
         ・

とか、だったらいいのに。

たまにはこういう妄想というアドベンチャーに
耽ってみるのもいいだろう。

どうせ何も無い毎日なんだし。
 

順列

をつけたがる。

人や物事に順列をつけて、
その順位でそれらの価値を判断しようとする。

それそのものを見るのではなく、
他のものとの差異によってその
価値を測ろうとする最低の考え方。

いや、理性では何時も
「物事の価値に順位なんて付けられる筈が無い!」

と言っている。

でもその裏で、自分の感覚はいつもその方法で
物事の価値を測ろうとしている。

ずっとそうやって人生を歩んできた。

しかし、その結果はじき出された順列で、
自分はいつも最下位の方に位置づけられる。

そしてその結果に落ち込み、思い悩むことになる。

以前に
「ブログを始めて余計に苦しみが増した様な気がする」

という様なことを書いたが、それもこの
順列価値判断法に起因するものだと思う。


ブログを書き続けていくうちに、
徐々にそのブログ特有の人格が出来ていく。

それはブログの管理人の人格とはまた別のもの。

しかし、それはその管理人が生み出した
人格であり、その人の分身の様なもの。

自分はその自らが作り出したブログ人格と
他のブログ人格とを比較してしまう。

そしてはじき出されるのは
やはりいつもと同じ答え。

ブログ人格が最下位に位置づけられれば、
自ずとそれを生み出した人間自体も
最下位に位置づけられる。

その結果を知ってまたヘコむことになる。

しかしそれもこれも、物事に順列をつけ、
それでその価値を判断しようとする
人間として最低の行為を自分が行っているからだ。

物事の存在意義にまで上下をつけようとする
愚かさを捨てられないせいだ。

本当は、全ての物はこの現在を形作る為に
存在せざるを得なかった物なのに。

だから、その順列に於いて下位に置かれた自分は
存在する価値が無いということになり、
そのことで苦しみ続けることになる。

そして今もその行為の報いを受け続けている。

だが、もうこんな苦しみは真っ平だ。
だから早くそれを捨ててしまわなければならない。

でないと、このまま自身のことを存在意義が無い
と卑下し続けたまま死ななければならない。

そして、そんな存在意義の無い生き物を
生まずにはいられなかった人類自体をも
恨み続けたまま死ななければならない。

そんな死に方はしたくない。
 

ショートカットから学ぶREAPER

DAWソフト、REAPERに関する記事第二弾。

去年にこのソフトを手に入れた時、
「いつかこれを使う日の為に」と思って
使い方を覚えようとしたんだけど、
ヘルプを読んでみても何がなんだかさっぱりだった。

何しろ英語は全然駄目だし、
DAWという名称すら知らなかったくらいだから。

まあ、midi弄りはしていたことがあったけど、
VSTを知ったのも去年になってからという浦島ぶり。

そこでなんとかショートカットを手がかりにして
使い方を覚えようと思い、英語というよりは
実際にそれを操作してみて、それによってどのような
働きをするのかをある程度テキストにまとめておいた。

まあ、殆どREAPERを使うこともなかったので
そのまとめファイルが役に立つことも
余りなかったんだけど…。

準備だけして何もしない奴とは私のことです。

で、せっかくだからそのまとめた
ショートカット一覧を公開してしまおうかなと。

バージョン0.999に関しては日本語化パッチ※1を公開
されている方がいらっしゃる様ですが、
今のところまだショートカットまでは
日本語化されないみたいだし。

それに、ある理由で(後に記述)もしかしたら自分は
古いバージョンを使うことになるかもしれないので、
その時は自分でこれを見ることにしようと思う。

その方が、余り使わないテキストファイルを
一々探し出してそれを開くよりもよっぽど手っ取り早い。

いや、今の所REAPER使う予定は無いんだけどね…。

※使用上の注意:
これは必ずしも和訳という訳ではなく、
どちらかというと実際に操作を行って
その挙動を調べ、それを言語化してみたものです。

尚、ここに記載された内容の正しさについては
保障出来ませんし、それにによって何かしらの
損害が生じても当方が責任を負うことは出来ませんので、
そのことをご理解された上でご覧下さい。

ところどころ不明な部分もあります。
なにしろ、これを書いている人間は英語に関しても
DAWに関しても全くの門外漢ですから、
あくまで参考程度と思って下さい。

それから内容は予告無く変更されることが
あるかもしれませんのであしからず。
※1このパッチが配布されている「フリーソフトでDTM」
というサイトの「REAPER 初心者用解説」で非常に
分り易く使い方が解説されています。
こんなページがあるのを知っていたら、前のREAPERに
関する記事なんて書く必要なかったですね…。
ショートカットが公開される日も近いかも。
その時はそちらの方を参考にして下さい。

-----------------構成-----------------
▼基本的な操作
▼トランスポート・コントロール
▼オプション設定
▼表示の調整
▼ループ選択
▼トラック編集
▼アイテム編集

◎一時的に機能するもの

▼アイテム編集時
*アイテムを動かす時に
*アイテムの端を調節時に
▼エンべロープ線の編集時
▼トラックの選択時
▼フェーダーの調節時
▼ミュート/ソロの調節時
▼ループ選択の調節時
▼アイテム選択の調節時
▼ピッチに関して

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クダクラゲに捧げる断片的君が代

クダクラゲに捧げる…

日本人なんてみんなバラバラになってしまえばいいんだ。

有りもしない共同体幻想なんて捨ててしまえ。

そして集団の一部位ではなく、
独立した一個の生命体として生きるんだ。

アレはもう、いや初めからずっとお前とは違う生き物なんだ。

なのにそれに気付かず、
お前はアレの一部になる努力ばかりしていた。

そのせいで何を失い、
何を獲得したかもうよく分っているだろう。

何時まであの母体への未練を
抱いているつもりだ、自分の感覚よ。

そもそも、母体ですらないんだ、アレは。

さあ、そんな未練さっさと捨ててしまうんだ。
大事そうに抱えていないで。

理性の方はとっくの昔にそのことに気付いているぞ。

そして、一生命体としての一歩を歩み始めるんだ。

もはや残された時間はあと僅か。

せめて死ぬ前にその一歩を踏み出すんだ。
 

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プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
-------------------------
※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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