ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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ReaCompのアンチエイリアス機能だけを利用する

ReaComp にはオーバーサンプリングによるアンチエイリアス機能が付いていて、これをコンプとしては利用せずとも、その部分だけを利用するという手がある。これによって音の輪郭をよりハッキリさせることができる(ただし、処理はかなり重くなる)。

ReaComp_AA.png


自分はマスターの最後の方には必ず ReaComp を挿し、レンダリング時に x32 にして書き出している。ただしこれをすると少し音量が上がるので、それを見越して予め ReaComp の wet を 1dB 下げておく。これで大抵帳尻が合う。

もう少し派手にしたい場合は、wet を下げずにその後ろに Matthew Lindsay の NCL Basic Soft Clipper を挿し、ツマミはいじらず HQボタン(8x oversampling)を押すという手もある。

BasicSoftClipper.png


これを行う場合は、その後ろに Sonalksis の FreeG などを挿して最終的な音量調整を行う。

これらの処理をしたものとしていないものをレンダリングして聴き比べてみると分かるが、たったコレだけで何の苦労もなく音の明瞭さを少しアップさせることができる。因みに、ReaComp を個別トラックにも挿して二重がけにする方法も試してみたが、やはりその場合でもマスターだけのものよりもさらに音がクリアになった。
 
 ***

ただ、自分は経験的にこれをした方が音が良くなるように聞えるという理由だけでこの処理を行ってきたが、何故これをすると音がクリアになるのかという理屈自体は分かっていない。そのため余り胸を張ってこの方法をお勧めすることはできないのだが。もしかしたら(処理が重くなること以外にも)何か副作用があるのかもしれないし。それは各自の判断に任せるということで。あと、音が明瞭になることでそれまでは気にならなかった耳障りな音までもハッキリと聞えるようになってしまうケースもあるので、そこら辺にも注意が必要。
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自意識批判という「私の高貴な魂」の見せびらかし行為

「~な俺カッコイイ」「ナルシズム」「自分に酔っている」「自意識過剰」などと言って他人の内面自体を批判する時、そこでは、その相手の自意識(精神/魂)よりも相対的に優である「「~な俺カッコイイ」とは思わない私」「ナルシズムに陥っていない私」「自分に酔っていない私」「自意識過剰ではない私」が同時に想定されている。

つまり、全ての自意識批判は自意識のランク付け行為であり、「私の高貴な魂」の見せびらかし行為でしかない。
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そもそも原理上、自意識は自己をコントロールし得ない。自意識に焦点を当てその内容を探る行為は、その者が置かれた状態を知るための一つの手段としてはある程度有効かもしれない。が、自意識は常に状態の後追いであると同時に、それは自己の状態を正しく認識できているとも限らない※1。そうである以上、そこで観察された自意識上の認識と状態をそのままイコールで結びつけるのは誤りだし、それをある状態を形成させるに至った主犯として槍玉に挙げるのもまた間違いだ。

もし相手の行為に何か問題があるのであれば、その行為の内容を批判し、その状態が何故そのようなものとして形成されねばならなかったのか、ということを探ればよいだけのことだろう。その際において、その者の自意識自体を批判する(貶す)必要は全く無い。だが実際には、真っ先に槍玉に挙げられるのが自意識であったりする。逆に言えば、そういった自意識批判には批判としての価値は全く無いという社会的合意が得られれば、少しは今までとは違った状況が生み出されることになるのではないか。

――とはいえ、己の個人的感覚に条理性を依存する一神教徒※2の集まりであり、敵の集合体としての要素が色濃い日本社会において、そのような社会的合意が得られる可能性はゼロに近いかもしれないが。



※1 例えば、「病気という状態」を自意識は正しく認識できない。そのあらましは、医師の診断を受けるなどして漸くその一端が見えてくることになる。これは「成功という状態」でも「失敗という状態」でも同じことだ。しかし厄介なことに、因果の糸を解きほぐし、その状態を正しく診断することができる「因果科」などというものは存在しない。故に、其々が個々人の感覚で好き勝手に診断を下せてしまう。そしてより人気のある診断が「正しさ」を獲得することになる。内容の如何にかかわらず。

※2 だからこそ、「キモい」というような個々人の感覚的趨勢が他になんらもっともらしい理由を伴うこともなく、それ単独で決定的な力を獲得することになる。或いは、自分とは全く異なった感覚と環境を持っているはずの他人の人生を、己の感覚という物差しで平等に測り、解き明かすことができるかのような主張が力を持つことになる。

Garritanの『Authorized Steinway Basic』を買った

『Alicia's Keys』の五千円セールを逃し、やっぱり買っておけばよかったかな、と少し後悔していたところ、Garritan が毎年クリスマス年末セールをやっていることを思い出した。Garritan は Steinway&Sons 公認のピアノ音源をリリースしていて、一番安いダウンロード販売のみの Basic は $99(Standard は早くも廃盤?というのは一体どういうことなんだろう。公式からも消えてる)。これがセール期間中は $69.99。ただデモを聴いてみたところ、音色の傾向は好みだが音質はいまいちで、どうもパッとしない。

それで迷っていたわけだが、これを聴いて買うことを決めた。これだけ鳴るのなら十分だろうと。



価格は paypal を通して日本円で \6,044 だった。因みに最近結構買い物をしているのは音楽への意欲が沸いたからというより、むしろやけくそになっているから。

で、実際に買って鳴らしてみたところ――ピアノ音源の購入はギャンブルに近いところがある――、デモで聞いた時よりもずっと印象は良い。他にメモリを食うものを一緒に使うのは辛いかもしれないが、単独で鳴らしている限りでは WinXP/Pen4_3GHz/2GB でも全く問題ない。よくあるベロシティの変化に伴う極端な音色変化みたいなものもないので、どんな MIDI を放り込んでも無難に鳴ってくれる。しかも出てくるのはいつも CD で聴いている音に近く、胸が躍った。

しかし大抵のクラシック CD がそうであるのと同じように、音のヌケの良さや質感に関してはやはりいまいち。もしかしたらマイクポジション(Under the Lid)も関係しているかもしれないが――恐らくこれは、金属的な音になることを避けようとした結果なのかなと思う。EQ なんかにしても、音のヌケや質感を重んじるとどうしても金属的な音になり易く、それを避けようとするとくぐもって質感が薄くなる傾向があるので。この音源は後者にかなり重きを向いていて、音色も暗め。

あと、付属リバーブが Ambience というのは流石に古い。これで軽ければまだいいが、やたらと重いしなあ。

garritan_st.png

それに DAMPING がいじれないのも痛い。Ambience においてはこの項目が重要なのに。プリセットのままだと変な感じになり易い。デモが一段としょぼく聞こえるのはそのせいもあるかもしれない。ピアノの鳴りにはそれが置かれた空間も非常に重要な要素となって関わってくるのだから、Steinway&Sons社は録音や編集だけでなく、音源にとっての空間の役割にも当たるリバーブの監修もすべきだった…といってもそこら辺は門外漢なんだろうな。

 ***

でまあ、早速他の音源用に作った既存の MIDI を修正もせずそのまま突っ込んで――といってもスタンドアローン版ではなく REAPERv0.999 上でだが――録音してみた。

mujihi_garritan.mp3

sunao_garritan.mp3

音源として使う場合、どうしても質感を出したくなるが、やはりそっち方面は不得手であるように思う。もちろんコンプやマキシを使えば質感はもっとかさ上げできるが(EQ はちょっとだけ使ったが、ブーストしたのは 1dB 未満だったような)。

<追記:12/29>  sunao_garitan_maxi.mp3

マキシやリミッターやコンプを使って少し詰め込んだものも上げてみた。リバーブは Omniverb を使用。このリバーブはソースが元々持っている金属的な音が強調され易い傾向があり、そのためピアノなどには余り合わないことが多い。しかし、この音源は元々がかなり柔らかめの音なので、そのような特徴を持つリバーブでも問題なく使えてしまう。<了>

でも室内楽っぽい曲の伴奏には合いそう。

anata_garritan.mp3 (※フルート入りのものに差し替えた)

クラシックの CD で聞こえてくるような暗く丸い音を求めている人には申し分ない音源なのではないかと。

――とまあ色々と不満も述べたが、個人的には買って大正解だったと思っている。確かに音のヌケや質感はいまいちだが、それは金属的な音を忌避するポリシーを貫いた結果だろうし、音自体も決して値段相応の安っぽいものではなく、音色のベクトルも自分が求めていたものに近いので。『Alicia's Keys』の購入を躊躇したのは、音自体は良さそうだけど、音色のベクトルがいまいち求めているものと違っていたという理由が大きい。まああれはあれで良さそうなんだけど、どれか一つと考えると踏み切れなかったというか。

 ▼インストール時のちょっとしたトラブル

因みに、インストールの際に Sample Manager が途中で強制終了し、サンプルが上手くインストールできなくて焦ったが、「Compressed Files」を Sample Manager が最初に指定する場所に移すとちゃんとインストールできた。あとはスタンドアローン版が最初おかしな音を出していたが、「TOOLs」→「Preference」で必要な設定をすると直った。

しかし、ARIA プレイヤーのレジスト方法は中々面白い。



keycard(画像)を保存して、それをプレイヤーにドラッグ&ドロップ。これで登録完了。中々洒落ているじゃないか。

platinumearsのコンプとダイナミックEQ

L3V3LL3R / platinumears

L3V3LL3R.png

このコンプはかなり良いと思う。無知な自分にはよく分からないが、「レベリングアンプ」のモデリングらしい。音の変わり方はオプト系のコンプに似ているが、とにかく効果が派手で分かり易い。簡単に音圧を上げたい、音を派手にしたい、という目的にはもってこい。特に元々アンビエンスが含まれているものはかなりそれが強調される傾向があるので、そういう性質を持っているものはリバーブに頼る代わりにこれで空間を演出するという手もあるだろう。

アンビエンスの強調で力を発揮するタイプのコンプといえば Sonnix があるが、何よりこのコンプの良いところは、幾らつぶしてもスピーカーに張り付いた感じにはなりにくく、ある程度距離を保ってくれるところ(もちろんつぶせば音自体は平べったくはなるが)。フリーのコンプでこういう効果が得られるものは余りない。ツマミによる音の変わり方もハッキリしていて、設定項目も少ないので初心者にも使い易い。また、ModeII にすると二重掛けなり、よりシッカリと抑えることができる。

これが 3つならんだマルチバンドタイプのものもある。

L3V3LL3R-X3

L3V3LL3R-X3.png

帯域は数値をドラッグすることで、其々 63~800Hz/1KHz~12.5KHz に設定することが可能。

 ***

個人的に platinumears の VST で馴染み深いのは IQ4gui。フリーのダイナミックEQ というのは余りないように思う。

IQ4gui

IQ4.png

最近 KVR の「visit new section」にこれが載っていたので新しいバージョンが出たのかと思いきや、以前のものと同じままだった。この VST はオートメーション(エンベロープ)の Threshold 項目で、本来 4つあってしかるべきはずのものが 2つしか表示されないバグがある(1.0)ので、それが改善されたのではないかと期待したのだが…。

IQ4bug.png

<NULL>があるというのもおかしいしなあ。

このタイプの VST が最も力を発揮するのは、ヴォーカル(或いはヴォーカロイドや UTAU でもよいが)の修正――特定の帯域にちょっと耳障りな音が混じっている時などに、一定レベルを超えた分だけその音量を削り、聞き易くする――においてだろう。もちろん普通のパライコとしても使えるし、其々のユニットでは入力音を Stereo/Mid/Side の 3つのうちから選択できるので、Mid成分だけ、或いは Side成分だけを削ったり持ち上げたりするなんてこともできる。さらには、LISTEN をオンにしたままにして、特定の帯域だけを抽出するという使い方もありだろう。

たまにパラメーターの数値などが動かなくなる場合があるが、その場合はこの VST の画面を表示させて再生ボタンを押しなおすと直る。

尚、ダイナミクス・モードにおける其々の設定項目と効果の違いは以下のようになっている。

・CmpDn は音量がスレッショルドを上回ると、設定(レシオ)に従ってその分だけその帯域の音量が引き下げられる(スレッショルドを下回っているうちは、元の音量のまま変化しない)。

・CmpUp は音量がスレッショルドを下回ると、設定に従ってその分だけその帯域の音量が引き上げられる(スレッショルドを上回っているうちは、元の音量のまま変化しない)。

・ExpDn は音量がスレッショルドを下回ると、設定に従ってその分だけその帯域の音量が引き下げられる(スレッショルドを上回っているうちは、元の音量のまま変化しない)。

・ExpUp は音量がスレッショルドを上回ると、設定に従ってその分だけその帯域の音量が引き上げられる(スレッショルドを下回っているうちは、元の音量のまま変化しない)。


 <サイドチェイン機能について>

この VST にはサイドチェイン機能もついている。これは他のトラックの音を入力するタイプのものではなく、この VST を仕込んだトラック上で鳴っている音の特定の帯域を指定して其々のユニットに入力し、それをトリガーとして機能させるというもの。

この機能は本当に様々な使い方が考えられるが、最も一般的な使用方はやはり、2mix 上におけるキック(付近の帯域)をトリガーにして特定の帯域の音量を下げ、それによってキックを強調する、というものだろう。

side1.png
その場合、まず用意された 4 つのユニットのうち使用するもののパワースイッチをオンにして、右下の SIDE-CHAIN 項目で該当ユニットを選択。そしてLINK を押して表示されたノブでリダクションのためのトリガーとなる帯域(キックの強調したい帯域)と Q を設定する。


side2.png実際にどのような音が入力されているかは、ユニット上にある LISTEN ボタンをオンにすると聞くことができる。次にその音を聞きながら、できるだけキックの音だけがスレッショルドを上回るように設定する(よって、元々音量的にキックだけを抽出できないものには使えない)。あとはそれをトリガーとしてリダクションさせる帯域と Q、割合(レシオ)、そしてアタックとリリースの早さを設定するだけ。

この方法はそれほど派手な効果が得られるわけではないが、2mix しかいじれない場合や、最後の追い込みでちょっとだけキックを強調したい時などに、単純なブーストやコンプとはまたちょっと違った効果が得られるこのような方法も、合わせ技や選択肢のうちの一つとして持っておくというのも悪くはないだろう。


モチベーションは努力では生み出せない

社会的成功を収める、
或いは社会的失敗を回避する
ためには努力が必要

努力するためには動機が必要

では、動機が無い人間は?

動機を獲得するための努力が足りない

しかし、その努力をするためには予め
その努力をするための動機が存在していなければならない。
その動機はどうやって獲得するのか?

成熟した自意識を持っていれば、自ずと動機は獲得される

成熟した自意識はどのようにして作られるのか?

努力によって

では、その努力をするための
動機がない人間はどうすればよいのか?

以下ループ
or
精神が腐ってる奴はどうしようもない
(=私は優れた魂の持ち主であるが故に、動機を獲得できた。
そしてそれ故、社会的成功を収めることができた。
或いはできる可能性を持っている)

現代日本人のモチベーションの無さが社会的問題として取り上げられることは多い。しかし、それまで多くの日本人のモチベーションを支えていた経済成長と終身雇用・年功序列制度、或いはテレビが作り出す擬似共同体的な雰囲気的一体感――昔は「笑い屋」がテレビを盛り上げたものだが、今は「怒り屋」がその役割を担っている。人々は、外部に敵を作ることでしか結びつきを得られなくなったからだ――が失われて以来、この社会は一体どのような新しいインセンティブを構築することができたのか。多くの人々が共有することができるような目的や希望を一体どれほど生み出すことができたのか。それらを生み出そうとするための動きが活発化したことなんて一度もなかったし、むしろそういう動きが起こりそうな兆しが見られれば、「個人の努力」や「甘え」という念仏を唱えながらことごとく叩き潰してきたのがこの社会なのではないか。そんな国が活気付くはずもない。
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 ▼(1)状況形成の原因が「自意識の貴賎」や属性の問題に摩り替えられる

モチベーションは努力では獲得出来ない。何故なら、その努力をする為にはモチベーションを獲得しようとするためのモチベーションが予め獲得されていなければならないからだ。

では、その動機がどのように獲得され、維持され続けるのか、或いは失われてしまうのかと言えば、それはその個人が生まれ持った資質と環境との「組み合わせ」の連続性の上によってだろう。だが個人の自意識は、自己がどのような資質と環境を持って生まれてくるか、ということを選択することはできない。「組み合わせ」を選ぶこともできない。また、仮に一方の側の条件を選択し、「組み合わせ」の半分をある程度選べると仮定しても、多元的未来を覗くことができない以上、どのような環境に身を置くことが自身にとって好ましい結果に繋がるのか、或いはそもそもその先にあるのがどのような環境なのか、ということ自体が既に分からない。最善の選択であるように思われた事柄に最大限の力を尽くした結果、最悪の事態が引き起こされる、というのが現実の怖さ。

つまり、より多くの人間がモチベーションの獲得するためには、「個人の自由意志による選択」や努力に頼っていては駄目で、それが可能となるような「組み合わせ」を増やすしかない。そのための環境を整えるしか、活況状態を作り出すことはできない。よって「自意識」に問題の焦点を当てているうちは、モチベーションの問題に取り組んでいないどころか、考えたことにすらならない。

ところが、自意識(或いは属性)は結果の原因を事後的に横取りしてしまう性質を持っている。それ故、この「モチベーションの欠如」という問題は、一貫して個人の努力によって克服すべきものとして片付けられてきた。しかしそれを努力の問題だとすると、冒頭に書いたように、必然的に「魂の貴賎」の話へと成り代わってしまう。つまり、「でもモチベーションは努力では獲得できないよね」という矛盾が突きつけられそうになるたび、「それは甘えているからだ」というように「自意識」の問題に摩り替えられ、それ故その「努力によるモチベーション獲得不可能性」という事実が暴かれることはなかった。

この自意識原因論は全く理に合わないものではあるものの、成功/失敗という結果(あるいはそこから生み出される属性)を自意識の貴賎(精神的成熟/未成熟)で解釈する傾向が強い日本社会では、それは非常に大きな説得力を持つことになる。そしてそれ故に「組み合わせ」の問題に焦点が当てられることはついぞなかった。

故に、「日本人のモチベーションが他国のそれに負けている」ことは度々問題になっても、「日本社会のモチベーション生成環境が他国のそれに負けている」ことは余り問題にはされない。仮に問題にされても、「甘え」だの「苦労」だのという「魂の貴賎」の話題によって直ぐにかき消される。そうやって個人の努力頼みで、「組み合わせ」の問題に対する対策をひたすら怠り続けてきたのがこの国のあり方だろう。

 ***

日本では何か対立や問題が起こっても、お互いの主張の内容が主役になることは滅多にない。その対立は、必ず属性や「自意識の貴賎」の問題に摩り替えられる。或いは自身の主張をもっともらしく見せるための印象補填として、それらが内容とセットで用いられる。このような属性を持っている人間の言うことだから誤りである/正しい、或いは、こういう自意識を持っているから成功/失敗した、というように。ネット上には、「こんな妙な主張をするのはきっと~という属性を持っているからに違いない。そしてそういう属性を持っているあいつの言うことが正しいはずがない」というようなトートロジーで溢れかえっている。~の属性を獲得してからものを言え、というようなことを平気でのたまう大学教授さえいる。

この国には、多くの人間が共有する理念や原理(宗教・世界観)、利害の一致※1が存在しない。故に社会的合意も形成できない(このことも「組み合わせ」の問題に対する対策が取れないことに関係しているだろう)。その代わりにぽっかりと空いたその「正しさ」の穴を、世間的印象によって生み出された社会的抑圧が埋めることになる。そしてそれが理念や原理(「正しさ」)に成り代わる。そのような世間原理主義下においては、上記のようなトートロジーですら大きな力を発揮し得る。「自演」などという概念が生まれたのもそのためだろう。内容を重んじる社会では、「自演」をする意味も「自演」を懸念する必要もない。それによってその場の「正しさ」が左右されることはないからだ。しかし印象の良し悪しが正誤を決定する日本社会では、それもまた大きな意味を持つことになる。そしてその世間的印象に最も大きな影響を与えるのが属性であり、「自意識の貴賎」だ。故に、あらゆる問題は基本的に一旦自意識や属性の問題に置き換えられ、そしてそれがそのまま趣旨に摩り替わってしまうことも多い。

この摩り替えによって「組み合わせ」の問題が隠蔽され続けてきたことが、近年になって特に注視されるようになった日本人のモチベーション低下問題に関係していないはずがない。まあ経済成長と終身雇用・年功序列制度があるうちはそれでもなんとかやっていけたのだろうが、それが失われて一挙にその膿が噴出してきた、というのが実際のところだろう。大勢の人間がそれにモチベーションを依存していたのだから、それが失われれば、それだけ大勢の人間のモチベーションが失われるのは当然のことだ。

ゆとり新人を動かす殺し文句がある(ゲンダイネット) - livedoor ニュース

しかしこの記事のように、そのシステムが失われて尚、それを根拠として成立していた振る舞いや動機を未だに他者に求め続ける奇妙な状況がある。何故そんな間抜けな状況が起こるのかといえば、個人の自意識や属性(ここでは“ゆとり世代”)こそが全ての状況を決定づける根本原因である、という前提で物事を考えているからだろう。そのため、社会的枠組みが根本から変わってしまったことすら考慮されていないこの手の言説が未だに後を絶たない。

 ▼(2)「世間による他者の存在否定文化」の内面化としての自己否定

しかし問題なのは「摩り替え」だけではないだろう。

mixi「メアドでユーザー検索」取り下げ 反発受け3日で見直し - ITmedia

【2ch】ニュー速クオリティ:mixi、常勝ν速民に大惨敗 3日前に登場のメールアドレス検索機能を涙目で取り下げ


そもそも、「お上」からのお達しがなくとも勝手に集団内で「五人組」的状況を形成し、お互いがお互い他人の存在や行為、人格を否定し合い、足を引っ張り合うのが日本文化だ。つまり、共有する理念や原理、利害が一切なく、世間的雰囲気に「正しさ」と行動原理を依存している以上、日本人の本質は「敵の集合体」であり、そしてその集合体の中でモチベーションを維持することができるのは、その否定の嵐に打ち勝つことができる強靭な自己肯定感・万能感を持ち、それを維持することができている者だけだ。というのも、世間の目を内面化し、世間の側に立って、つまり敵の目で自己評価をすることになれば、多くの人間は必然的に己の価値や存在を否定せざるを得なくなるからだ。世間の側に立つフリをするのは重要だが、本当に世間の側に立った人間は自滅する。そのような人間がモチベーションを維持し続けるのは難しい。つまり、日本にはモチベーションを獲得し維持し続けるために、一つ余分なハードルがある。この「世間による他者の存在否定文化」の内面化としての自己否定もまた、モチベーション欠如に大きく関係していることだろう。

 ***

いずれにせよ、他人の人格(自意識)や属性を散々否定しておきながら、或いは誰かが何かにチャレンジすると直ぐにバカにして嘲り笑っていながら、はたまた履歴書などの刻印制度を温存しておきながら、そしてそういうモチベーションの芽を摘むような文化が隆盛を極めるのを目の当たりにしておきながら、「何故やる気がない人間が多いのか」などと述べてみせるのは白々しいことこの上ない。

ポジティブ・アレルギー 競争原理を阻害する≪競争社会≫×安定のための「競争」※2

そしてもし競争原理を働かせようとするのなら、全ての人間がいつでも工程に参加可能にして、尚且つそこでまともな試合(やり取り)ができるような環境を整えなければならない。だが、≪競争原理主義者≫はこれに断固として反対する。反対の理由としてよく言われるのが、それでは努力して結果を出した者が不公平感を感じ、モチベーションを失ってしまう、まるで社会主義のようだ、という理屈だ。だが、実際にこのような≪競争社会≫で多くの者の意欲が奪われている以上、そのやり方は失敗した社会主義と同じ轍を踏んでいることになるわけで、それを維持し、さらに推し進めようとする者が、社会主義の失敗を持ち出して参加への意欲を働かせようとするための環境整備を批判するというのは全くおかしな話だ。

そもそも、≪競争原理主義者≫が競争への意欲が失われた者に常日頃から言っているのは、モチベーションとは個人の意志の強さによって獲得されるものであり、それが獲得できないことを環境のせいにするべきではない、ということではなかったのか。それが競争原理(参加への意欲)を働かせるために必要な環境整備の話になると、突然モチベーションの獲得は環境によって決定付けられる(そんな環境ではモチベーションを失う者が出てくる!)かのように言い換えられる。

それにしても、モチベーションを獲得できずに苦しんでいる相手に対しては、モチベーションは個人の意志によって獲得されるものであり、社会環境のせいにすべきではないと言っておきながら、自身にとって都合の悪い制度や環境が成立しそうになると、突然環境のせいで人々のモチベーションが失われてしまうかのように言い始めるこの手の二枚舌言説のインチキさは、一体いつになったら「発見」されることになるのだろう。そこらじゅうにそびえ立ってるのになあ。「見ないふり~」ってやつか。



※1 日本における≪競争社会≫は、誰かが得をすれば誰かが損をするようなつぶし合いでしかないため、信頼関係が生まれ難い。

※2 ソ連と現代日本は似ている 丸山政男『ソヴェートの市民生活』 - 紙屋研究所
一般的イメージと異なり、実際には旧ソ連は成果主義であり、現代日本社会と内容的にかなり似通っていたらしいけど。まあ元々資本主義や成果主義自体が理念に成り代わると、“みんな”のためのシステム(経済や成果)に貢献できない者は、“みんな”の利益を害する反社会的人間であり排除せねばならない、ということになり、結局同じ場所に辿りつくことになるわけで、旧ソ連と理念無き日本社会の二つが似通ってくるのは当然といえば当然だけど。

ニートひきこもりJournal 勤労の義務
そういえば、日本人の多くは「勤労の義務」を日本国憲法ではなく、スターリン憲法的な意味合いで捉えているという話もあったっけ。そもそも、自己責任と勤労の義務が常識として同居しているということがまずおかしいし、勤労の義務のためには完全雇用という状況が前提として存在していなければならないわけで、じゃあそいう状況を作り上げることを良しとするのかといえば、「公務員を減らせ」が近年の常識人の合言葉なわけで、全く支離滅裂だ。内容や道理よりもとにかく印象を重んじる日本社会の性質というのは、こういうところにも表れている。

フリーのVSTリバーブを幾つかピックアップ

以前、TC Electronic の M30 Reverb(Hallのみの抜粋版)が短期間だけ無料で配布されていたことがあり、それを手に入れてからはリバーブは殆どそればかりを使っていた。しかしリカバリした後、何故かそれが使えなくなってしまった。バックアップのために一度外付けHD に移したのがいけなかったのかと思い、もう一度登録時のメールに記載されていたリンクから落とし直してみたが、やっぱり駄目。仕組みはよく分からないが、コピー防止機能か何かが働いたのだろうか。もしかして、パーティションを変更したのがいけなかったとか?何にせよもう M30 には頼れなくなった※1わけで、しかたがないので無料で手に入るリバーブを品定めし、幾つかピックアップしてみることにした。

※1 <追記>何度かインストールし直すと再び使えるようになった。リカバリ前にインストールしてできた dll を Dドライブのプラグインフォルダに残したまま最初にスキャンしてしまったのが駄目だったのかも(「Steinberg\VstPlugIns」を指定しても何故か dll を読み込んでくれない場合があるので、別途用意したフォルダに dll をコピーすることがある。ものによってはインストールし直さなくても使えるものもあるので、一応 dll を残しておくというのもあるし)。本当の所はよく分からないが。<了>

リンクは一部例外を除き、KVR のプラグイン紹介ページのものを貼った。感想は、センドで DRY をゼロにし、そして比較的ホールよりの音を鳴らして聴いてみた時のものを主としている。「CPU使用率」は、30秒ほどの wav ファイルを再生し、その間に REAPERv0.999 上で表示された CPU使用率の最少値と最大値を足して 2 で割った数値。マシンのスペックは WinXP(SP3) / Pen4(3GHz)。
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プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
-------------------------
※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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