ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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ましになってきた

昨日起きた時は左耳が麻痺したような感じで殆ど聞こえなかったのだが、徐々に聞こえるようになってきた。まだ少し詰まったような感じがするし、右耳と比べると高音が聞こえにくいように思うが、後者はもしかしたら元々そうだったのかもしれない。左耳はこの症状が出る以前から常に耳鳴りはしていたりしたし。

ただ、症状が酷かった時はその耳鳴りさえも聞こえなくなっていた。そして音が徐々に聞こえるようになると同時に、また耳鳴りも聞こえるようになってきた。なんなんだろう、これ。またぶり返したりしなければいいのだが…。
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朝起きたら左耳が…

痺れたような感じで、聞こえ難くなっていた。
このままだと、唯一の趣味だった音楽鑑賞や
音遊びをすることさえ難しくなるかも。

となると、もう本格的に何もすることがなくなるなあ。
本当にろくでもない人生だ。

IIEQ Pro(v2_1_1)のバグ

<追記:6/2>v2_2で改善されました。

IIEQ Pro(v2_1_1)の挙動でどうもおかしなところがある。

同じ音声ファイルを読み込ませたトラックを二つ作り(或いはセンドトラックを作り)、一方にIIEQ Proを立ち上げ、LPF12のポイントを作る。
IIEQP_LP12.png

すると、本来なら音量が加算されて大きくなるはずなのに、むしろ音量は極端に小さくなる。逆に一方のトラックの音量を下げていくと、徐々に音量は大きくなっていく。要するに、音が打ち消し合ってしまっているのだろう(他のフィルターを使っている場合にはこういった症状は表れない)。音を聴く限り、一方のトラックを逆位相にすることによって本来の効果が得られているように思える。

ということで、今のバージョンでLPF12のフィルターを使う場合はちょっと気をつけた方がいい。因みに、All Passのフィルターを使用した場合にも似たような現象(打ち消し合い)が起きる。こちらはバグではなく本来的なものだけど。

社会的マウンティングと「大人」の関係

橋下知事「国歌斉唱で起立しない教員は免職」(読売新聞)

 大阪府の橋下徹知事は17日、入学式や卒業式の国歌斉唱時に起立しない府立学校や公立小中学校の教員を免職する処分基準を定めた条例を9月の定例府議会に提案する考えを示した。

 府によると、同様の条例は全国でも例がないという。

 知事は報道陣に、「府教育委員会が国歌は立って歌うと決めている以上、公務員に個人の自由はない。従わない教員は大阪府にはいらない」と指摘し、「繰り返し違反すれば、免職になるというルールを作り、9月議会をめどに成立を目指したい」と述べた。

この問題の焦点は、「権威の象徴を出汁にしてイエスマン以外を排除しようとする手法(風潮)」をよしとするか否か。多くの者に問題として認識されているのは君が代そのものというより、そういう手法や風潮、及びそれを積極利用しようとする「人間」、その露骨さの方だろう。
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そもそも、概念としての国家や国歌は起立して敬意を払ってくれなどと望んではいない(生物ではないのだからそういうベクトル自体を持ち得ない)。にもかかわらず、一部の人間が勝手にありもしないその意向の代弁をし始める。要するに、その意向とは国家でも国歌でもなく、代弁者の意向に他ならない※1

これが持つ儀式性や「神の代弁者」的側面をみれば、ここには宗教的な要素が関わっているようにも見える。しかし、宗教ならば敬意を払っている「素振り」自体に重きは置かないだろう。

では、こういった類のもの(社訓35秒暗唱など、本来そこで求められる業務には直接関係しないはずの趣向や思想、振る舞いの強要)は一体なんなのかと言えば、結局それは人間流のマウンティング行為の一種なんだと思う。そしてそのマウンティング行為は、(その者にとって)使える奴と使えねー奴を振り分けるための道具としても重宝される。

 ▼マウンティングのされ方が流麗な者ほど「大人」とみなされ易い

さらにこういった社会的マウンティングは、「大人」概念とも深く関わっているように思う。

何をもってして「大人」と認識するかは、其々によって異なるだろう。つまりそれは個人の感覚に依拠するもの。よって、個々人の感覚を横断する共有物としての「大人」定義は、より多くの人間に立派であると認識されるような状況がそこに形成されていること、くらいの曖昧なものとしてしか設定し得ない。それ故様々な大人観が乱立しているわけだが、その者が「大人」であるか否かを分け隔てる一つの大きな一般的基準として、社会的マウンティングの受け方の流麗さというものがあるように思う。

社会的マウンティングが行われる時、その儀式を滞らせることなく、何の違和感もなく速やかにマウンティングされる人間ほど大人とみなされ易い。一方、そのマウンティングをひっくり返すほどの社会的影響力を持ちもしないのに、それに抗ってみたり、或いはマウンティングされることは受け入れていても、その所作などがどうもぎこちなかったりしてスマートにマウンティングされることができない人間は「子供」とみなされ易い。

多くの動物は、ディスプレイの上手い下手によって集団内の社会的ポジションやモテ・非モテが決まる慣わしみたいなものを持っている。同じように、人間社会におけるマウンティングのされ方にもある種の美学のようなものが存在している。そしてマウンティングのされ方が下手だとみすぼらしく映り、社会的に不利な影響を生みやすい。逆に、そこでマウンティングをする側になるほどの力を持たない者も、マウンティングのされ方が上手ければ優位なポジションを獲得し易く、いずれマウンティングをする側になるチャンスも生まれてくる。例えば、社訓35秒暗唱の流麗さや、妙に馬鹿デカい店員の挨拶、北朝鮮のマスゲームにおける子供の笑顔などは、処世術であると同時に、マウンティング芸であるとも言えるだろう。

世に言う「大人/子供」という言葉は、こういったマウンティングの様相が言い換えられたものであることも多いのではないか。



※1 ここではルールに従うことの大切さもまた大儀の一つとされているようだが、ルールを教え込むためというなら、むしろ思想・良心の自由という基本原則こそ教え込むべきだし、単にその集団における権力者が決めたことだから無条件に何でも従うべしと言うのなら、それはアイヒマンと何ら変わらないだろう。もちろん、ジャイアンがリサイタルを始めたら嫌でも正座して聴く、というのが成熟した「大人」の振る舞いとされている社会だから、命令に従って起立すること自体は別に特異なこととは言えない。しかし、ジャイアンが正座して聴いていなかった者をリンチし始めた時、周りの者がそれに加担するか否かというのは、一線を越えるか否かの大きな分岐点になると思う。

リアルACジャパン



「こっちに来い」っていうと
あっちに行こうとする。

あっちに行ってみたら
「こっちに来るな」っていう。

そうして、なんども繰り返したあとで
馬鹿馬鹿しくなって、

「もう行かない」っていうと
「なんで来ないんだ」って怒鳴る。

こどものいじめでしょうか、
いいえ、大人でも。



もう一個あったがいまいちだったので消した。

フリーコンプの雄、Molot

Molot(vladg/sound)



今更感があるが、このコンプは非常に出来が良い。フリーコンプの中では間違いなくトップクラスの出来だろう(その上、未だに結構な頻度でアップデートがなさている)。ピュア系ではなく基本的には色づけタイプだが、Rough Riderほどの暴れ馬というわけでもなく、非常に扱いやすいのでかなり幅広く使えるように思う。なんといってもアタックやリリースによる変化が非常にわかりやすく、音の前後をコントロールしやすいのが良い。設定にもよるが、傾向としては音は比較的柔らかめ(ただし、インプットゲインを上げると硬めになる)で、中域よりの音になりやすい。
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このコンプには幾つか特徴的なセッティング項目があるので、以下それについてまとめてみる(アップデートに伴い仕様は変更されるかもしれない)。

<FILTER>
ハイパスフィルター。ここで指定された数値よりも上の帯域がコンプへと送られ、それ以下の帯域はそのままスルーされる。

<ALPFA/SIGMA>
ALPFAにするとNeve 33609タイプ、SIGMAにするとFairchild 670タイプになる。実機なんて知るわけないので実際にどれくらい似ているかは分からないが、前者は比較的柔らかめ、後者は比較的硬めの音になる。キックで言うなら、ドゥッドゥッよりにしたい場合はALPFA、ペチペチよりにしたい場合はSIGMA。

<MODE>
・「MONO(L)」=一旦(L◇L)に変換され、それにコンプが掛かる。
・「2MONO」=ステレオリンク?L/Rモードでコンプが掛かる。
・「R-S.chn」=サイドチェイン用セッティング。一旦(L◇L)に変換されたものに対し、右チャンネルでレシーブした音をトリガーとしてコンプが掛かる。受けた音量が大きいほどリダクション量は大きくなる。
・「Mid」=Midだけにコンプが掛かる
・「Side」=Sideだけにコンプが掛かる。
・「M/S」=M/Sモードでコンプが掛かる。
・「Stereo」=ステレオリンク。

<MID-SCOOP>
中域調整用EQ。右に回せば低音よりの音に、左に回すと高音よりの音になる。このEQもまたかなり効きがいい。

<UPSAMPLING>
右に回すほど音はクリアになるが、CPU負荷が高くなるので注意。

――尚、其々のパラメーターは全てマウスホイールでコントロールすることが可能となっている。これがわりと便利。

 ▼最近追加された項目(左下の三角をクリックすると現れる)

<Input>
左クリックで+6dB/+12/-12/-6/~、右クリックで-6dB/-12/+12/+6/~。
<追記:6/2>この項目は「MODE」が「Mid」に設定されている場合はMidゲインに対するものとなり、「Side」に設定されている時はSideゲインに対するものになる。例えば、「Side」設定で+6dBにすると、Sideの音量だけが6dB上がる。

<Lim>

“Pre”-- compressor -> limiter -> EQ -> Makeup -> Dry Mix
“Post”-- compressor -> EQ -> Makeup -> Dry Mix -> limiter
“Off”-- no limiter

~vladg/sound-Changelogより

<Sat.>
・「Ratio」=レシオの設定が大きくなるほどサチュレーションも大きくなる。
・「On」=「Ratio」設定よりもサチュレーションは小さくなる。
・「Off」=サチュレーション・オフ。

これら設定によってどれくらいの音の違いが出てくるかは、molotを挿して全く同じ設定にしたトラックを二つ作り、一方を逆位相にしてサチュレーションの設定だけを変えて聴いてみると分かり易い。

<Bypass>
インプットゲインを除く全ての処理過程がバイパスされる。
<追記:6/2>「全ての処理」と言ったが、「MODE」による変換処理はBypass設定でも実行される模様。

<EN>
英語とロシア語の切り替え。
-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

因みに、コンプには其々音が上に行きやすいものや下に行きやすいものがあり、それによって音の上下をコントロールするという手法もある(と言っても効果は限られてはいるが)。例えばmolotは音が中央に位置しやすく、PC-2は上に、ReaCompは下に位置しやすい。こういったクセを元にしてコンプを使い分けるというのもありだろう。

個人の迷惑行為を代行するのが社会システムの基本的機能

3%論 | PBR

「犯罪の三分の二は、社会から排除された3%の男性が起こす」という研究結果を「3%論」という。

そもそも、社会システムに上手く依存することができなかった人間は生きることそのものが犯罪ということになるわけだしなあ。
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真理としての迷惑が存在するわけではない。それは競合から生まれる相対的認識でしかない。よって、誰の何が「真の迷惑」であると言い切ることはできない。そしてただ生存し続ける、たったそれだけのことでも他の誰かの迷惑にならざるを得ない。要するに、「生きる」とは誰かに迷惑を掛け続けることに他ならない。

見も蓋もないことを言えば、そういった競合から生じる個々人の必然的迷惑を婉曲化し、代行することで迷惑行為の交通整備を行っている――それが文化、社会システムの基本的機能であり、役割であると言えるだろう。

例えば、≪労働≫が絡むと犯罪は犯罪として扱われなくなることも多い。むしろその犯罪に異を唱えた者の方が罪人扱いされてしまうことさえ珍しくない。はたまた、国家、主流派集団によるテロリズムは問題視されず、個人や小集団による反抗やテロだけが問題にされる。こういったことは、その交通整備の結果から生じている現象だろう。

――競合によって生まれる必然的迷惑を、上手く文化、社会システムに代行してもらうか。それともそれがかなわず、個人、或いは主流から外れたアウトサイダー集団としてその放出を行うか。結局のところ犯罪の正体とは、内容に機軸を持つ概念というより、そういう分岐から生じるレッテルや認識でしかない機能的枠組みと考えた方が妥当だろう。即ち、競合が消滅しない以上、犯罪をコントロールしようとすることはその分岐をコントロールしようとする試みにしかなり得ない。

デマ騒動の裏に潜むある種の自己責任論

http://twitter.com/cortexlife/status/66670776560001025

ユッケで死亡した人達は全員福島からの避難民らしいです!実はみんな放射線の急性障害による腸粘膜破損が原因だそうです!これを隠すために大腸菌0-111のせいにしてますが、被害者の1人は当初医者でも原因不明と説明していました。これは国ぐるみの隠匿です!緊急拡散お願いします!

こういうデマを流す人がいたそうで。

「ユッケで死亡した人達は全員福島からの避難民」というのは2ch発の釣り情報(情報の海の漂流者)

このツイートは、いわゆる釣りだったらしい。

はてなブックマーク -Twitter / c_ten: ユッケで死亡した人達は全員福島からの避難民らしいです! 実はみんな放射線の急性障害による腸粘膜破損が原因だそうです!

だがその釣りに引っかかってこのツイートをRTしてしまった人達がいたらしく、その人達が非難――というより実際には馬鹿に――されるといういつものパターンが繰り広げられている。しかし、この釣りに引っかかってしまった人達への非難は本当に妥当なものと言えるのだろうか。
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放射能と放射線を蛍に例えると…みたいな解説を池上彰がしていたが、話題が話題なのでせっかくだからこのデマ騒動も一旦放射能と放射線に例えて考えてみる。その場合、デマ拡散による釣りを目論む人間が放射能で、それによるデマツイートが放射線、デマツイートに接することで行われた粗忽なRTが放射線による影響といったところだろう。

今回のデマに接触することは、その内容が下らなく、尚且つ開設して間もないユーザーの呟きということもあり、線量的に言えばそれほど高くない被曝と言えるかもしれない。しかしそれが極端に高い線量でなくとも、ある程度被曝すれば一定の確率で癌になる人間が出てくる。そうでなくても、精神的に不安定になって体調を崩してしまう者が出てくる場合もあるだろう。同じように、世の中には騙され易い人がいて、どんな下らない嘘やデマでもそれに強い影響を受けてしまう人間が一定数出てくる。

さて、こういった前提条件を鑑みた上で今回の騒動を見てみた時、果たしてこのデマをRTしてしまった人達は、こんな下らない釣りに引っかかってしまったのだから非難されて当然、と言えるか。

もしそれを是とするなら、それはある種の自己責任論と言えるだろう。何故なら、その非難が正当性を獲得するためには、皆が意識を高く持つ努力をすればこんな下らないデマには騙されないはずだ、という前提が必要になるからだ。もちろん、「馬鹿」は生まれつきと考える人もいるだろうし、これらの非難は実際そういう考えの下で行われたのかもしれない。が、「生まれつき」を根拠にした非難が今の時代に社会的正当性を獲得するとは考え難い。つまり、少なくとも建前的には――デマをRTして非難されるのは、デマに対する意識が低くそのための努力を怠ったからであり、故に自己責任、という理屈が裏づけとしてなければその非難が正当なものとして社会的に認められるのは難しい。そして実際に非難は許容されているように見える。

この自己責任論が「これはネタです」と言いながら大路を走りまくる人達と、リテラシーの低い人間は叩かれても当然、と考える人達を結びつけている。そして当人達が意識するか否かにかかわらず、結果として、前者は人を騙す遊びを享受すると同時に後者にバッシング対象を提供し、後者は叩きを享受すると同時に釣りを行い易い環境を作って前者にそれを提供する運びとなっている。この手の騒動はそういった相互依存関係によって成り立っている。

 ***

だが、幾ら騙されて非難されるのは自己責任といっても、殆どの人間が騙されないような下らない嘘にさえ騙されてしまう人間が常に一定数でてくるのは事実だろう。そういった条件が大前提として存在している。にもかかわらず、それによる結果を個人の意思の問題として片付けてしまうのはどうなのか。

というのも、その大前提を踏まえた上で考えてみると、殆どの人間が騙されない下手な嘘に騙されてデマ拡散の一端を担った人間が叩かれるのは当然、という考え方は、殆どの人間が癌にならない程度の被曝しかしていないのに癌になり、それによって他人に負担を掛けてしまうような人間は叩かれて当然、という考え方と本質的には変わらないのではないか。そして、下らないデマに騙されてRTしてしまうような人間は危ないから「措置入院」という考えは、誰かに迷惑を掛ける可能性を示唆する印しを持つ人間は隔離すべし、という考えと同じものなのではないか。つまり、この手の叩きは見ようによってはいわゆる二次被害として見ることもできる。

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後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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