ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「立派な社会人」への登竜門×整合性に囚われるほど死に近づく

【速報】 ついに女子のホンネがばらされる!! - Togetter

好きという感情なしで体の関係になる男を理解できないのと同様、別に好きでもない、けど嫌いでもない男と平然と付き合っていける女性の心理は理解できない。
Takuice 2011/10/26 23:07:31

男性の浮気を痛烈に批判しつつも、しっかり男をいくつかキープしている女はずるいよ。。
Takuice 2011/10/26 23:09:52

可愛い子ぶってる女の9割9分は全員意図的。っていう中学のときに、妹にいわれた事は的確だと最近気づき始めている(気づきたくない)。
Takuice 2011/10/26 23:18:21


はてなブックマーク - 【速報】 ついに女子のホンネがばらされる!! - Togetter

はてブではこのまとめは随分と評判が悪いようだが、実際就活では男女問わずここでカリカチュアライズされた≪女≫を演じることが求められ、一種の競技としてそれを競い合うことになる。企業という名の≪男≫の前で。だから就活は気持ち悪い。

「男が何を考えてるかわからない。。」っていう女性は、別に男が何を考えてるか知りたいわけではなく、どうやってコントロールするか方法を考えているだけ。だってさ。。
Takuice 2011/10/26 23:38:43

で、そこで勝ち抜いて立派な≪女≫になった人間は、「近頃の若者(ゆとり)が何を考えてるかわからない。。」とばかり言っているわけだが、実際にはその者を「どうやってコントロールするか方法を考えているだけ。」でしかないという。

女は演技が上手い。って言っている男ほど、どこまでが女の演技なのかわかってない。彼女らの頭の回転は、そういうレベルではない。サッカー選手がピッチ上で、頭で考えず瞬時に的確なパスを出すほど鋭い。(しかも、すべて自動)Takuice 2011/10/26 23:28:44

そして「頭で考えず瞬時に的確なパスを出す」能力がなく、≪女≫であることの競争に敗れた人間は自分みたいになる。

つまり、「立派な社会人」であることを善きことであるとするなら、当然そのための登竜門となっている≪女≫であることの競い合いもまた善きことであるということになるはずだ。ところがここでは、「ずるい」「理解できない」に象徴されるように、それが恰も悪であるかのような前提で話が進められているように見える(この説に対する怒りもまた、ここで示された≪女≫像が悪しきものであるという前提を持っているが故のものだろう)。ではここにいる人達が「立派な社会人」に問題を見出しているのかといえば、そうでもないだろう。そこら辺の整合性のなさがどうも気になる。

まあこれは、「善良な市民」であるためには「立派な社会人」であるだけでは駄目で、それと同時に二重思考もまたしっかりと身につけていなければならない、ということなんだろうけど。いや、皮肉でもなんでもなくて。

 ▼整合性に囚われるほど死に近づく

慣習には不合理がつきものだし、どのような社会システム、社会運動も常に大儀や内容に大きな欠陥を抱えながら存在している。故に整合性に囚われる者は枠組み側から、自らに仇名す者、或いはその可能性を持つ者としてみなされることになる(つまり「善良な市民」ではなくなる)。となれば当然、その者がその環境で地位を維持し続けることは難しくなるだろう。

また、外面的には上手く装っていても、整合性に囚われ始めるとそもそも当人の内部におけるシステムの動きが円滑さを失うことになるので、どのみち状態を持続するのは難しくなる。いや、実際には持続性に問題が出てきたからこそ整合性のなさに目が行くようになるだけなのだろうが。

何にせよ、整合性に囚われれば囚われるほど、それだけ死に近づくことになるのは間違いないだろう。「命あっての物種」で言い表されるように、持続が失われれば持続ゆえに存在するそれの整合性の問題自体もまた消滅してしまう。故に整合性の優先順位は常に持続の後に来る。

世の中、そんなバカな!と思うことは多いが、実はそれもまた持続の秘訣だったりするわけだ。そもそも整合性の問題を突き詰めて考えると、人間社会の再生産自体を否定しなければならなくなるわけだし(人間社会で正当性の根拠とされることの多い自由意志による自己決定や、それを前提とする契約概念、道徳論理などは全て欺瞞。むしろそれを踏みにじることでしか人間社会は持続できないし、また再生産することもできない)。
スポンサーサイト

Cambridge Music Technologyで50曲以上ものマルチトラック・リソース配布

ダウンロードはフリーだが、教育目的でのみ使用可能。また、著作権者の許可なしに営利目的で使用してはならない。

free multitrack projects - Cambridge Music Technology

ジャンルは以下の通り。

・ACOUSTIC / FOLK / JAZZ / COUNTRY / ORCHESTRAL
・ELECTRONICA / DANCE
・HIP-HOP / R&B
・POP / SINGER-SONGWRITER
・ALT ROCK / INDIE / FUNK / REGGAE
・ROCK / PUNK / METAL

これだけあればミックスの練習素材には事欠かないだろう。実際にミックスされた音源も配布されているのがありがたい(ただし、コーラスなどは素の状態ではなく既に音作りがなされていたりする)。
-------------------------------

経歴紹介によると――サイト運営者のMike Senior氏は、幾つかのスタジオでエンジニア助手として働いたのち、Great Linford Manor Studiosの常勤エンジニアとしての職につく。その後『サウンド・オン・サウンド』誌の編集部に入り、『Studio SOS』や『Mix Rescue』などの人気コラムを執筆。現在はフリーのエンジニアや『サウンド・オン・サウンド』での執筆活動を続ける傍ら、教育機関でのコンサルティングやトレーニングなどにも従事しているとのこと。また、著作の『Mixing Secrets for the small studio』は海外フォーラムなどでもフェバリットの一つとして名が挙がることも多い。

Mixing Secrets for  the small studioMixing Secrets for the small studio
(2011/03/11)
Mike Senior

商品詳細を見る

↓米アマゾンのページ。こちらではサンプルを視聴できる。
Amazon.com: Mixing Secrets for the small studio

「必要な不愉快」論と「間違いを恐れるな」論について

「より速く適切に学べる人」:その理由 « WIRED.jp

これは大きな誤解を生みそうな記事だなあ。

人は何度も何度も間違いをおかすことで、正しいやり方を学ぶということだ。教育とは、数々の間違いから搾り取られた知恵のことなのだ。

この結論自体にはさほど異論はない。

間違いをおかすことで生じる不愉快な反応を経験しない限り、われわれの脳が既存のモデルを修正することはない。いつまでも同じ間違いをおかし、自信を傷つけないために、自らを成長させる機会を逃し続けるのだ。

だが、何の留保もなしにこういうことを言い切ってしまうのはどうなのか。というのも、これは正に洗脳において用いられている論理と何ら変わりなく、そういった手法の正当性を認めているとも捉えることができるからだ(まあ教育自体が洗脳の言い換えであると考えれば、それは至極当然のことと言えるかもしれないが)。

そしてこれは、だからもっと努力しろ(苦しめ)、上手くいかない原因はお前の努力が足りないから(そのような怠惰で卑しい精神を持っているから)だ、というような精神論や、それによる苦痛の付与の正当性にもまた援用される可能性を持っている。というか多分されるだろう。
--------------------------------------------

 ▼(1)失敗が危険である以上失敗を恐れるのは当然

だから予め釘を打っておくと、もしこの実験結果をそういった精神論(努力信仰)、及び人生論にそのまま結びつけるとするなら、それは端的に言って誤りだ。

というのも、この実験には実社会には存在する失敗による精神的・社会的ダメージという重要な要素がすっぽり抜け落ちているからだ。

「自分の知能レベルはこのくらいであり、ほとんど変えることはできない」という固定的な姿勢(fixed mindset)、もうひとつは、「必要な時間とエネルギーさえ費やせば、ほぼどんな能力も伸ばすことができる」という成長志向の姿勢(growth mindset)だ。固定的な姿勢をもつ人は、間違いを「ぶざまな失敗」とみなし、与えられた課題に対して自分に十分な能力がない証拠だと考える。一方、成長志向の姿勢をもつ人は、間違いを、知識を得るために必要な前段階、学びの原動力ととらえる。

この記事では、この「固定的な姿勢」を持つようになるのは「自信を傷つけないために、自らを成長させる機会を逃し続け」た結果であるとしている。だが、本当に自信を失ってしまえば幾ら努力しても無駄ということになるから、その時点でもはやその者は努力をしなくなるだろう。また、失敗するたびに大きなダメージを負ってばかりいると、今度はそれを避けるために行動しなくなるという問題もある。努力のリソースとて無限ではないのだ。つまり、「不愉快な反応」は必要かもしれないが、かといってそれが行き過ぎると元も子もなくなってしまうわけだ。

さらに言えば、そのダメージは精神的にも社会的にも尾を引くという問題がある。教育する側が「必要な不愉快」として与えたそれが、その者にとっては大きすぎるダメージとなり、場合によってはそれが一生その者に足かせとなってまとわり付くこともあるだろう。特に大人の社会ではどんどんトーナメント化が進み、一度の失敗で取り返しのつかない状況に追い込まれてしまうことも往々にしてある。となれば当然、人々は他人の顔色を伺い、失敗を恐れ、なるべくそれを避けようとするようになるだろう。

これは学校社会においても同じことだ。一つの些細な失敗を切欠として、クラス替えがあるまで、或いは学校を卒業するまでスクールカーストの最下層で辛酸を舐め続けることになる、というのは何も珍しい話ではない。そこで負ったダメージがその者の後の人生に大きな影を落とすことになる可能性だって十分にある。そして人は自らがそのような状況に陥り、或いは他人のそのような状況を見聞きすることで、些細な失敗が如何に恐ろしい可能性を秘めているか、ということを学び取ることになるのである。

つまり、実際問題として失敗が危険であるという状況が現に成立している以上、幾ら失敗を恐れるなと言ってもそれは無責任な絵空事でしかない。よって、人々から失敗を恐れずチャレンジする姿勢を引き出すためには、まず失敗を恐れずに済むような状況を作り上げなければならない。

 ▼(2)現実逃避としての精神論

だが実際はどうかと言えば、厳罰化や、軽犯罪やマナー違反を犯した者をとことん追い詰めるメシウマ祭り、或いは競争の激化(という名のトーナメント化)の称揚に象徴されるように、社会はどんどんより些細な失敗でもより大きな罰やペナルティを、というベクトルに向かって邁進しているのが現状なのではないか。それどころか、ちょっとしたミスや、ミスですらない文化的・感覚的差異から生じるちょっとしたすれ違いでさえ落ち度(趨勢の在り様に順応しない者が悪い)としてみなされ、叩かれたりすることも珍しくない。

厄介なのは、こういった不寛容は必ずしも文化的な要因だけによって生み出されている現象とは言えないことだ。その根っこには社会的競合という人間社会の前提条件がある。資源もポジションも基本的にはゼロサムであり、人々はそれを奪い合って生活を営んでいる。つまり、不寛容さはその奪い合いの一環としてなされている部分がある。そしてこの前提条件は未だかつて覆ったことはないし、おそらくこれからもないだろう。不寛容がその前提条件に起因している部分がある以上、それはそう簡単には克服することはできない。

失敗に対する寛容さを妨げているのはそれだけではない。私が間違った時は痛い目に合わされたのだから他の者もまた同じように痛い目に遭わされるべきだ、或いは、間違いを犯した者より犯していない者の方が優遇されるべきだ、でないと不公平だ、というような平等主義的欲求もまた、失敗に対する不寛容さの大きな原因になっている。さらには、間違いへの恐れは規範の遵守を支える重要な柱でもあるので、規範を重んじれば重んじるほど、必然的に失敗に対する恐れを引き出すような環境作りがなされていくという問題もある。

サミュエル・ベケットは適切にもこう言っていた。「試してみたら失敗した。それがどうしたというのだ。もう一度試せ。もう一度失敗し、よりよく失敗するのだ」

即ち、多くの人々からこのような姿勢を引き出せるか否かは、人間や人間社会が元々持っている平等主義的欲求や社会的競合、規範の構築から発生する不寛容さを如何にして克服するか、ということにかかっている。

 ***

しかしそれを克服するのは難しい。実際、多くの者は失敗を恐れるなと強弁しながら、結局ゼロサムゲーム上における一つの武器として失敗に対する不寛容さを利用しているのではないか。平等主義的欲求に熱を上げ続けているのではないか。

ゼロサムゲーム上における武器として不寛容を利用することは止めたくないし、平等主義的欲求も規範による画一化や統制も捨てたくない。しかし、もっと他人の教育効果から生まれる成果の恩恵にあずかりたい。このような相反する二つのベクトルが衝突し、それが現実の制限から解き放たれた妄想へと転化されることによって精神論は生まれてくる。そしてそこでは精神的・社会的ダメージによる影響という重要な要素は隠匿され、「不愉快な反応」を与えてやれば問題は解決するはずだ、問題が解決しないのは「不愉快な反応」が足りないからだ、というお決まりの主張へと相成る。要するにこの手の精神論はそういった現実逃避の一つの形として存在しているのだ。

敢えて精神論者が好んで使う言い回しを借用するなら、失敗への不寛容さを捨てようとする努力なしに、本来それなくしては成立しない成果だけを受け取ろうとする甘えや怠惰、或いは義務(失敗を恐れずに済むような状況を作り)を果たそうしない権利(教育による果実の取得権)の要求によってこういった精神論は成り立っている。

 ▼(3)箱庭世界の論理は現実には通用しない

この実験結果をそのまま人生論に結びつけるのは誤りだと言ったが、それが誤りである理由は何も「不愉快な反応」がもたらす精神的・社会的ダメージによる影響への考慮が抜け落ちているということだけではない。それが根本的に問題なのは、条件がごく限定された人工的な箱庭での結果を、実社会に当てはめてしまうところにある。

例えば、ここでは絶対評価を主軸として実験が行われているが、現実社会はむしろ相対評価として評価されることの方が多い。相対評価の場合、自分では精一杯努力したはずなのに良い結果がでなかった場合、それは他の者に比べて知性(能力)が足りないと言われているのと同じことになる。つまり、その時点でもはやこの実験の前提となっている根幹が瓦解してしまうわけだ。

また、ここでは努力の方向性は一つだけに限定されていて、さらに「正解」もまた一つしかないという前提の下で実験が行われているが、実際には努力は数え切れないほど多様な形態と方向性を持っている。そしてそのうちのどれが将来の自分にとっての「正解」により近い場所に導いてくれるのか、どれが周りから「正解」であると認識される結果へと結びついているのか、ということは未来になってみないと分からない(実際には未来の「分かった」ですら後付の解釈でしかなかったりするのだが)。人は皆、異なった条件の下で人生を送っているから、ある者があるやり方で成功したからといって他の者もまたそれで成功するとは限らない。当然、人によって必要な「不愉快」の程度やそのあり方だって異なってくる。つまり「正解」は一つではない。だからこそ努力や教育は難しい。

そもそも「正解」が競合するという問題もある。極端なことを言うなら、テロを起こし、それを成功させるのにも大きな努力が必要だし、その成功は一部の人々にとっては紛れもない「正解」なわけだ。元々努力というのは何らかのベクトルへと向かおうとする力のことでしかない。そこには善も悪もなければ、それがその者にとってプラスになるかマイナスになるかさえ、後になってみないと分からない。その純粋な力であるところの努力に善を見出したり、恰もその先により良い結果が待っているのが自明であるかのように考えること自体が大きな誤りなのだ。

 ▼(4)褒めて育てる、の落とし穴

最後に、褒めて育てるの落とし穴にも言及しておく。

賢さをほめられた生徒たちは、ほぼ全員が、自分よりテストの出来が悪かった生徒と自分を比較することで、自尊心を強化するほうを選んだ。これに対し、努力をほめられた生徒たちは、自分より成績のよかったテストを見るほうを選ぶ確率が高かった。彼らは失敗を理解し、失敗から学び、よりよい方法を編み出したいと思ったのだ。

アメリカではどうなのかは知らないが、日本では自分の賢さを誇っている人間なんて余りお目にかからない。では多くの人間が何を誇っているかと言えば、己の努力具合なのではないのか(ex.イチローの努力強調)。つまり、「自尊心を強化」には努力もまた無縁ではない。

そもそも、ここでは恰も「賢さをほめられた生徒たち」だけが人の目を気にしているかのように述べられているが、「褒めてもらえるから」という他者からの評価を原動力としてしている以上、結局のところそれはどちらもナルシズム――社会という鏡に映った自分の姿によって自己の存在意義を確認する――型の動機であることには変わりない。つまり、それが原動力の重要な部分を占めていくにつれて、次第にナルシズム・タイプの人間に近づいていくことになる。そうなれば否が応でも常に他人の目を気にせざるを得なくなるし、何らかの形で常に周りから評価(注目)されていないと不安でしかたなくなってしまう、というような者だって出てくることだろう。

以前、ニコニコ生放送で未成年が人々の注目を集めるために奇行や露出に走っていることが話題になっていたが、そういったものもまた、他者からの反響を原動力とする努力行為であることには違いない。そこでは「賢さ」など気にせず、注目を集める(評価される)という結果を出すために、多くの人間にとって困難であるはずの愚行に尽力するという不断の努力がなされていたわけだ。

平生から努力の重要さを訴えている者の多くはきっとその努力を嘲笑うことだろう。しかしながらそれもまた努力の一つの形であることは紛れもない事実なのだ。努力とは所詮そのようなもの――それ自体に良し悪しはないもの――でしかない。そして褒められるから、という他者からの反応を期待することによって生じる力を利用した教育には、人々をそういった状況へと導いてしまう危険性もまた秘めているわけだ。

MDynamicEq/MAutoDynamicEqが今月末まで70%OFF

導入価格ということで、Meldaproductionの以下の新製品が今月末(ハッキリとした記述は見つけられなかったが、2011/10/16から14日間ということなので、10月29日か30日?)まで格安価格で販売されている。

MDynamicEq-----60EUR→20EUR/27USD

MAutoDynamicEq-----120 EUR→50EUR/68USD
------------------------------

ここのとこれらのプラグインが海外フォーラムで結構話題になっていて、安いダイナミックEQということでちょっと気になっていたのだが、試してみたところ思いのほか出来が良かった。



ディエッサーなような使い方をする場合は、その効き目はIQ4guiと大して変わらない感じで、むしろインターフェイスの出来からいってIQ4guiの方が使いやすいくらい――IQ4guiのインターフェイスは本当に良く出来ている――だったが、中身のEQそのものの出来が違う。

凄く良いとまではいかないものの、少なくともIIEQ PROと比べてハッキリと違いが感じられる程度には優秀。しかも、2倍オーバーサンプリングにするだけでさらに良くなる。

IIEQ PROはカットはいいのだがブーストがいまいちで、どうしても広がりやぼやけ、圧迫感が出てしまう。MDynamicEqではそれがかなりマシになる。広がりやぼやけは柔らかさ、という風に好意的に捉えることもできるが、圧迫感に関しては擁護のしようがない。DDMFのプラグインはどれもそのような傾向があり、しばらくそれが改善されそうにもないので、これはちょっと欲しい。

MAutoDynamicEqの値段だとまあいいかで済ますが、20EUR/27USDとなると俄然魅力が増す。実際IIEQ PROより安いわけだし。

で、両者の違いは以下の通り。

MDynamicEq and MAutoDynamicEq released with riddiculous introductory prices!

And now note:
MAutoEqualizer (released long time ago) - minimum/linear phase, static
MDynamicEq - minimum phase, dynamic
MAutoDynamicEq - minimum phase, dynamic, but knows the automatic equalization, modulators, has 2 more bands

MDynamicEqはバンド数が五つしかないものの、ちゃんとその他にもLPとHPが別個に用意されているのでバンド数で困るということもないし、オートマティック・イコライゼーションやモジュレーターには特に魅力を感じない。それに今のところリニアフェイズがそれほど欲しいわけでもないし、とすれば自分にとってはMDynamicEqで十分だったりするわけで。

それに、下位バージョンのMDynamicEqでもちゃんとM/S、L/Rモードが用意されているし、他にもサチュレーションや、ハーモニクスを強調したり削ったりすることができる機能などが付いていたり、さらにはスペクトルアナライザはもちろんのこと、ソノグラムまで用意されているときた。

如何にも技術者が作りました、というようなインターフェイス(しかも文字が小さすぎる)はちょっとマイナスだが、この値段でこのクオリティと機能を持つものはそうそうないだろう。

対抗馬として挙げられることが多いGlissEQ($99.95 )のデモも試してみたが、ストリングスの高音で聴き比べしてみたところ、どうもGlissEQはギジギジした音になりやすく、MDynamicEqの方がずっと良いように思えたし。

【追記10/23】やっぱりGlissEQの方がクリアで良いかも。でももしかしたらこの評価もまた覆るかもしれない。EQを比較するのは本当に難しい。
span_EQtest.png

比較する際には、上の画像のようにまずピンクノイズを鳴らして特定の帯域をブーストし、アナライザーで見ながらなるべく其々が同じような形になるようにした上で同じ素材を鳴らし、そしてピークの数値を微調整するという形を取っているのだが、GlissEQの場合、アナライザで形を合わせるとピークが異なり、ピークをあわせると形が異なったりするので余計にややこしい。これはちょっと普通のEQとは違うのかも。あと、GUI上でゲインをマックスにできない仕様なのはどうかと思う。もしかしたらどこかを弄ればそれができるようになるのかもしれないが、にしても分かり難い。

因みにさらにPro-Qのデモも入れてMDynamicEqを比べてみたところ、音の広がりにくさや圧迫感の無さに関してはやはりPro-Qの方が一枚上手だった。以前はPro-Qの良さが分からなかったが、流石に定番になるには定番になるだけの理由があるということか。まあFabFilterのプラグインの場合は、GUI力もまた人気の大きな理由の一つなっているような気もするが。

そんなわけで、全てにおいて素晴らしいというわけではないものの、ブーストがIIEQ PROよりいいのは確かなので、まだまともなEQを持っていない人にはちょうどいいんじゃないかと。コストパフォーマンスが高いことには変わりないし。逆に既にPro-QやEQualityなどのある程度のクオリティを持つEQを持っている人は敢えて手を出す必要はないかな※1。安いし高機能なので好奇心で買ってみるというのもありだとは思うが。【了】

というわけで、気になる人は早めにデモを試しましょう。格安で手に入れることができるのはこの一週間だけなので。



※1再追記:10/26】 ちょっと誤解のある表現だったかも。これはあくまで普通のEQとしてのみ使う場合の話です。因みに自分は、多機能で質もそこそこだし、一つくらいダイナミックEQがあってもいいなと思って買いました。

低音専用エンハンサーBassPlus

SynthEdit製のプラグインを毛嫌いしている人は少なくないが、これは中々良いと思う。CPU負荷も軽いし。

▼BassPlus/WOK
BassPlus.png

試しにキックでサンプル音源を作ってみた。最初の四つ打ちと三回目の四つ打ち、そして最後の四つ打ちだけ素の音。他はBassPlusを使って四つ打ちごとにパラメータを色々変更している。







・サンプル1:SENSを3に固定。

・サンプル2:SENSをマックスに固定。直ぐにピークアウトしてしまうのでこちらはリミッターを使用。なので上のものとは条件が違うということに留意。

・サンプル3:SENSを3に固定したものに、サンプル2と同じ設定のリミッターを掛けたもの。

ヨージェフ・エトヴェシュ

ハンガリーのクラシック・ギタリスト、ヨージェフ・エトヴェシュのチャンネル。

attacca62's Channel - YouTube

ヨージェフ・エトヴェシュはゴルトベルク変奏曲のCDが話題になって有名になったが、ギター以外の曲をギター用に編曲するのを得意にしているようで、ゴルトベルク以外にもフーガの技法やショパンのピアノ曲集、バルトークのピアノ曲集、ブラームスのハンガリアン舞曲などのCDをリリースしている。

自主制作ということもあってCDはもう日本の店では扱っていないようだが、当人のホームページから直接CDやMP3、楽譜などが購入できるようになっている。方式はよく分からないけど。
--------------------------

▼J.S.バッハ:「ゴルトベルク変奏曲」アリア、第一変奏


ゴルトベルク変奏曲のギター版には他にもラダーマーというDTMer(?)による一人多重録音ものがあり、そちらはアマゾン・レヴューを見る限り結構評判が良いようだが(そっちは未聴)、こちらの独奏版もよい。グールドのもいいけど、自分はこの人の演奏で聞くことが多い。ただ、CDの録音はリバーブかかり過ぎなのがちょっとマイナスだけど。

▼サティ:グノシエンヌ一番


ショパン:24の前奏曲より第20番、4番

▼バルトーク:「子どものために」より


元々ギターのために作られたクラシックの曲は聞いていて途中で飽きてしまうようなものも多いが、こういうのなら聴きやすい。というか、クラシック・ギターを聴く人は自分で演奏する人が殆どで、そうでもないのに好き好んで聴く人は滅多にいないような気がする。せいぜい有名曲集のCDを二、三枚持っているというくらいが関の山で。

他人の不幸が希望を紡ぐ

絶対に嘘を付くなよ。もし嘘を付いたことによってどんな損害が生じてもそれは自己責任だぞ、という前提でアンケートを取って、苦労が大切だ、人々はもっと苦労をすべきだ、という項目でよりそれを重んじるべきだとした人達から順に、本人の望み通り、優先的に苦労を負わせるシステムを作るってのはどうだろう。或いは平生から苦労が大切だと人々に触れ回っている者に、本当にそう思うんだな、と念を押し、それでもそう主張し続けたならば、やはり望み通りその者により大きなの苦労が伴う役割を担わせることにするとか。
---------------------------------

仮にこういった政策が実施されたら、自己責任を唱えながら苦労が大切だと主張していた者達は一体どのような反応を示すだろう。恐らく不平不満を漏らし、不公平だと言ってそれまで唱えていた自説をあっけなく覆すのではないだろうか。逆に、良かった、これでもっと苦労ができる、と言って喜ぶ姿は余り想像できない。

思うに、人が苦労の大切さを訴える時、そこでの苦労とは自分の苦労ではなく他人の苦労のことが想定されているのではないか。もしそれが自分の苦労を指すのであれば、わざわざ人に説いて回らずとも、一人で勝手に苦労をしていればいいわけだから。にもかかわらず敢えてそれをするというのは、もっと他人に苦労を味あわせたい、という願望の表われだろう。

苦労は大切なものであるという考えは、自分が受け取った苦労に意味づけをし、それが意義あるものだと思いたいという感情がその出自の一つとなっている。この苦労には必ず何らかの意味がある、そしていつかそれを肥やしとして花が開くはずだ、決して無駄にはならないはずだ、という妄想が人々に希望を抱かせ、それが人々の苦痛を和らげさせる。実際、予めそれが結果の伴わない苦労であると分かっていたならば、それを重んじる者は殆どいなくなるだろう。

問題は、その考えは自分一人で完結させるのは難しいというところにある。例えば、大きな苦労をしてきたはずの者達の多くが全く報われていないという状況が当たり前のこととなれば、もはや苦労に希望を見出すことはできなくなるだろう。また、成功者、或いは普通に生活を送ることが出来ている者達の多くが、自分がしたような苦労を全くしている形跡がないとなれば、不公平感を感じ、やはり苦労に希望を抱くことは難しくなる。要するに、希望を抱き続けるには自分だけではなく他人の様子もまた大きく関わってくる。

しかし、そういった本来希望を抱き続けることが難しい状況にあっても希望を紡ぎ続けることができる方法がある。成功を収めることができない者がいれば、その原因を苦労が足りないからだと結論付けてしまえばいいわけだ。そして大した苦労をしているとは思えないのに成功を収め、普通に生活をおくることが出来ている者達には、それに見合った大きな苦労を負わせ、帳尻を合わせればよい。つまり、他人に今以上の苦労を負わせることで苦労の中に希望を見出し続けることが可能となる。このような、希望を抱き続けるためには他人に苦労を求め続けなければならない、というような構造が存在している。そして希望は人にはなくてはならないものだ。つまりそれは、他人の苦労は自分の人生になくてはならないものである、ということにもなる。

さらに言えば、そういう方法で生きながらえたこの「苦労には意義がある(いずれ価値を持つ)」という希望は、やがて他人の苦労によって生み出される利益の恩恵にあやかりたい、という浅ましさを生み出す。そしてそれがまた総体としての苦労を増幅させることになる。ゆとりのせいで国が大変なことに、といったような主張は、基本的にこの手の欲求の表れだろう。それは「他人の苦労が足りないせいで自分の取り分が減る=他人にもっと苦労をさせ、それによって自分の取り分を増やしたい」と言っているわけだから。

 ▼幸福を求めるが故に人はメシウマする

物理的制限や人間由来の問題を考慮に入れて考えると、今のような時代において、苦労によって生活を底上げするなどということは実際には困難であるということは誰でも直ぐに気付いてしまう。だから苦労すればより良い生活が、などという希望はそう簡単には抱くことはできない。だがそれに対し、下方修正はわりと簡単にできてしまう。

よって、このような時代において人々が幸福を求める時、それは自身の生活環境をより良きものへしよう、という方向には動かない。そんなものは夢物語にしか過ぎないからだ。それよりも他人の不幸によって幸福格差を埋め合わせ、相対的にそれを是正しようとするベクトルでそれは作用する。だからこそ人々は苦労を重んじ、今日もメシウマ探しや帳尻合わせ(苦労の付与)に勤しんでいるわけだ。

フリーのIR系リバーブCREV-01

REAPERフォーラム経由で知ったのだが、このリバーブは非常に出来が良い。

BC.Lab/CREV-01
crev-01_1.png

Reverberate LEもSIRも音はそれほど大きな変わりが無かったので、フリーのIR系のリバーブはどれも似たようなものかと思っていたが、これとReverberate LEを同じIRデータを使って音を聞き比べてみたところ、明らかにこちらの方がクリアだった。Reverberate LEで見られたような圧迫感も感じないし、空間表現もこちらの方が上手い。さらにReverberate LEでは無かったステレオ・ワイドの調節機能まで備えている。CPU負荷はReverberate LEより少し重いが、それでもPen4-3GHz(REAPER4)という貧弱な環境上で大体3%ちょっと。これはリバーブとしてはかなり軽い部類に入る。また、左右別々のファイルを読み込むことはできないものの、IR次第ではアンプ・シミュとしても使える。

フリーではもうしばらく今以上のものは出てこないんじゃないかと思っていたのでこれは嬉しい誤算。今フリーのリバーブで何が一番お勧めかと訊かれれば、迷わずこれをお勧めする。
-----------------------------------------

ただし、このプラグインは少し問題も抱えている(Version 0.01 Free)のでその点には注意が必要。

問題の一つは、レイテンシが非常に大きくリアルタイム演奏での使用には向かないということ。補正が効く(REAPER4上での結果)のでDAW上で既存のMIDIやwavを再生するのには問題ないが、停止を押しても2秒かそこらほど音がなり続けたりする。恐らくそのせいだと思うが、フリーズなどを行った際、ファイルのしっぽを伸ばすなどして十分な余韻を取っておかないとREAPERが落ちる。

しかしそれは大した問題ではない。問題なのは、(他のDAWでどうなるかは分からないが)REAPER4上でこのプラグインを一度立ち上げると、もう二度とそれを削除できなくなってしまうということ。というのも、削除しようとすると必ず強制終了してしまうので。このプラグインは、そういったドラクエの呪いの装備品を思わせるような症状を抱えている。

ただ、今のところこの呪いを完全に解く方法は発見されていないが、REAPERごと道連れにされずに削除するための回避法は存在している。

crev-01_sep1.png

上の画面のように、FXブラウザ上でCREV-01を右クリックし、「Run as」→「Separate process」もしくは「Dedicated process」でプラグインを立ち上げるようにする。

これらのモードでCREV-01を立ち上げ削除すると、以下のように強制終了画面が出てしばらく待たされるものの、プラグインが落ちるだけでREAPER自体は落ちずに済む。

crev-01_sep2.png

もしかしたらプロジェクトのどこかがおかしくなっていたりする可能性もあるが、自分が試してみた限りでは、REAPERはその後も特に問題なく作動した。

てなわけで、IRデータは自前で用意しなければならないし、少々問題も抱えているものの、このプラグインは音に関してはフリーの中では頭一つ抜きん出ているので、上記のような症状を抱えていることに留意した上で、一度試してみるとよいのではないかと。

 ***

尚、BC.Labには他にも有料版のEQやマスター用のマルチバンド・コンプなどがある。其々\3500だが、

無償試用版には、機能制限及び、試用期限はありません。自由にご利用頂く事が出来ます。
ただし、トライアルモードである事を示す表示が現れます。
ライセンス登録を行う事で、そのまま正規版としてご利用頂けます。
ライセンス登録(\3500)については、アーカイブ付属の文書をお読み下さい。

とのこと。試してみたところ、コンプの方はREAPERやVSTHostでは立ち上がらなかったが、EQの方はアナライザーでインプットとアウトプットの状態を確認することができたり、任意の帯域を中心として低域と高域のバランスを調節できる機能が付いていたりして、中々興味深いものがあった。ただ、微調整し難いのがちょっとマイナスだが。因みに、EQに関してはCREV-01に見られたような症状は見られなかった。



参考:FL Studio @ ウィキ - Fruity Convolver
下の方にIRデータをダウンロードできるサイトのリンク集がある。

REAPERがv4.10にアップデート~フリーズ機能などが追加

今回のアップデートでは、多くの人々が待ち望んでいたであろうフリーズ機能が追加された。内容的に比較的大きなアップデートということもあってか、バージョン・ナンバーもv4.02から一気にv4.10に跳ね上がっている。
-------------------------------------

  • フリーズの利点の一つとしては、従来のステムやFXの適用ではトラックやアイテムが増えたりして煩雑になりがちだったのが、よりスマートに書き出しができるようになったということが挙げられる。

    ↓ステムの場合


    ↓FXの適用の場合
    reaper-applyFX.png

    ↓フリーズの場合
    reaper-freeze4.png

  • もう一つの利点としては、アンフリーズによってフリーズ前の状態に戻すことが出来るという点が挙げられる。

    reaper-freeze2.png

    同じトラックで「フリーズ前」→「フリーズ1」→「フリーズ2」→「フリーズ3」と繰り返しフリーズしていき、そこでアンフリーズした場合、「フリーズ2」の状態に戻る。そしてさらにアンフリーズすると、「フリーズ1」の状態に戻る。このように、一度書き出してやり直したい場合でも、フリーズならば比較的簡単にそれができる。

    続きを読む »

 | HOME | 

プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
-------------------------
※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。