ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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REAPER:LFOジェネレータ(SWS)

SWSのLFOジェネレータについて。

LFOジェネレータを使えば、オートメーションやMIDIのコントロール・チェンジを使って簡単にLFO効果を生み出すことができる。要するに以下のようなことができる。
LFO_gene01.png

この機能を使用するためには、以下からSWSをインストールしておく必要がある。
http://www.standingwaterstudios.com/
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<使い方>

【追記】「Selected track envelope」を選択してトラック・エンベロープのオートメーションを書き、アンドゥをすると、操作の順番に関係なくLFOジェネレータでエンベロープを作る前の時点まで戻ってしまい、そしてそれ以降アンドゥ/リドゥが機能しなくなるという恐ろしいバグがあるようなので、今のところ「Selected take(s)/Selected take(s)[MIDI]」以外は使わない方がいいかもしれない(v2.3.0#4時点)。

ただ、このバグの発動条件がいまいちハッキリしないので絶対とは言えないが、LFOジェネレータで先ず最初に「Selected track envelope」以外の方法(「Selected take(s)/Selected take(s)[MIDI]」)でエンベロープを書く――そして必要がないならそのエンベロープをアンドゥで消去する――と、その後「Selected track envelope」を使ってもバグを回避できることもあるようだ。【了】

画面の一番上にあるメニュー・バーの「Extentions -> LFO generator」をクリックし、Padre's LFO Generatorウィンドウを開く。
LFO_gene03.png

後は其々の項目を設定して「Generate!」をクリックすると、設定に従ってLFOがかけられる。設定項目の詳細は以下の通り。


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REAPER:テイク・エンベロープについて

生録した際のノイズ処理や音量補正といった下処理に「Volume(Pre-FX)」のエンベロープを使用している人は案外多いのではないか。しかしそれを用いるとその分だけエンベロープ・トラックが余計に増えてしまうことになるので、アレンジ・ビュー画面が無駄に煩雑になってしまう。

↓Volume(Pre-FX)のエンベロープを表示させてみたところ
take_vol01.png

アクションリストの「Envelope:Toggle display all visible envelopes in lanes for tracks(全てのエンベロープをトラック・レーンに表示/非表示)」や「Envelope:Toggle display in separate lane for selected envelope(選択したエンベロープだけをトラック・レーンに表示/非表示)」でエンベロープをアイテム上に表示させることは可能だし、「Envelope:Toggle show all active envelopes for all tracks」でエンベロープ・トラックを非表示にすることもできるが、それでは根本的な解決にならない。
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それよりも、REAPERにはちゃんと下処理用にテイク・エンベロープという便利なものが用意されているので、そちらを用いた方がよい。例えばボリュームの調整を行いたい場合は、アイテム・プロパティを開き、「Take envelopes」をクリックして開いたリストの中にある「Take volume envelope」にチェックを入れる。

take_vol02.png
↑チェックがついていないのに左に「・」が付いているものは、エンベロープが一度編集されたことを意味している。ただし、チェックを付けていないと編集していてもそれは音には反映されない。

後は普通にそれを使って調節するだけ。この際、範囲選択をして「Shift+Ctrl」を押しながら上下にドラッグすると、その部分の音量だけをピンポイントで変更することができるので、覚えておくと便利。また、下の画面はテイク・ボリュームの使用例だが、単純なノイズカットはそれよりもテイク・ミュートを使った方が簡単。

take_vol.gif

アクションリストの「Take:Toggle take volume envelope」や「Take:Toggle take mute envelope」をショートカットかツールバーに仕込んでおくと、選択した全てのアイテムのテイク・ボリュームやミュートを簡単にオン・オフできたりするのでお勧め。

テイク・エンベロープには他にもパン、ピッチが用意されていて、例えばテイク・ピッチを使えば、わざわざReaPitchを挿さずとも元の素材の音程を変更してハーモニー・パートを作成したりすることができる(ただし、フォルマントを弄る場合は結局ReaPitchに頼らざるを得なくなるが)。

▼テイク・ボリュームとテイク・ピッチの設定

テイク・ボリュームでコントロール出来る音量の範囲(-inf~+0dB/-inf~+6dB)は「Preference -> Envelope Display -> Volume envelope range」で、テイク・ピッチで変更できるピッチの範囲、及びスナッピング単位は「Pre-take pitch envelope range/snap」で設定することができる。また、テイク・エンベロープとは直接関係ないが、その下の「Project tempo map envelope display min/max」では、テンポ・エンベロープで変更可能なテンポの上下幅を変更することが出来る。

take_vol03.png

「逃げちゃ駄目だ」云々について~嫌なことから逃げるのが駄目なら死ねばいいじゃない

――『エヴァ序・破』を見て思った内容とは全く関係のない感想。一応言っておくと、基本エヴァとは殆ど関係ないので、それを期待している人は読まないほうがいいです。――

使徒に負けると人類が滅ぶとか願ったりかなったりだし、全然危機感を覚えない。そんなのむしろ救済だろう。簡単に死ぬこともできず、何の希望も救いも見出せない苦々しい毎日をいつ死の時が訪れるのかとビクビクしながら送り続けなければならない。本当に恐ろしいのは、現実がそういう人生の可能性を潜在的に秘めていて、それが牙をむくことなわけで。

それより使徒に負けると日本人は全員国を追われ、難民として他国でホームレスになって人間どもに迫害されるという設定はどうか。そして難民となった日本人が「出て行けこの糞ジャップが!」と罵られたり襲撃されたりしながら「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ」と言って毎日を過ごすんだよ。そして人々はやがて使徒の力(エヴァ)を使って人間に復讐することに希望を見出すようになる。

その方がよっぽどスリルがあるし、現実との対峙というアナロジーとしてもずっと的確だろう。まあアニメなんて現実逃避のためにあるわけで、余りに現実的すぎる脅威を描いた作品なんて観たくはないが(人間的軋轢が使徒の代わりだった『リヴァイアス』とか、暗黒の学生時代を思い出してしまうからもう怖くて観れないもんね)。
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そもそもアニメや漫画に登場する非人間的外敵は、最も身近で切実な現実的脅威である人間同士の軋轢から目を反らすことを目的として生み出された現実逃避の権化なわけで、それと向かい合うというのは、現実を失念しようとすることに他ならない。しかし劇中ではそれと向かい合うことを「闘う」とし、それによって現実から目を背けない(逃げない)ことの大切さを問う――作り手がそれを意図したかどうかはともかく、そういう解釈が可能であり、少なくとも番組案内と子供店長はそのようなことを言っていた――という、なんともアンビバレンツな構造になっている。

そこでの闘いとは「動作」に他ならないわけだが、これもまた現実とは大きく異なっている。現実での闘いとは動作というよりむしろ、主にコミュニケーション能力を介して行われる人間同士のポジション争いだからだ(例えばエヴァのパイロットが大事故を起こした原発の収束を図るための捨て駒作業員のことを意味していたら?闘う相手――敵――は原発?それとも人間?)。

故にポジションを追われたコミュ能力も付加価値もゼロの人間がそれでも何とかして闘おうとすれば、無差別殺傷犯にでもなるしかなくなる。――「逃げるな!」「ああ、逃げないよ…まずお前から始末してやる!」となるわけだ。そして皮肉なことに、決して好ましいものではないとされるその闘いは、「動作」として行われることになる。ちょうどエヴァが使徒と戦うように。

こういった闘いの動作化は、虚構の上だけでなく現実社会でも当たり前のように行われている。本来社会的ポジション獲得・維持問題であるはずの労働問題が、恰も作業問題であるかのように摩り替えられてしまうように。

労働が作業であるとすれば、やろうと思えば誰にでもできるはずのものになる。なのにそれをしないのはその者の自意識が腐っているからだ、このidle manめ、とこうなるのが現実社会の慣わしだ。しかし実際は作業をしただけでは労働にはならない。そのためにはまず作業が労働になるポジション(現実的には持続可能なそれ)を獲得しなければならない。エヴァに乗って闘うためには、まずエヴァにのる資格を獲得していなければならないように。多くの人間は、その資格を得る能力がないが故に闘えないのだ。

しかし資格を得ることができないが故に闘えない人間は、逃げたことにされる。いや、資格を得ようとする闘いから逃げたのだ、という主張もあるだろう。だがその主張が正当性を獲得するためには、潜在的に皆が社会的に認められるポジションを獲得し、そこで持続可能な競争を行うことができるようなシステムが前提として完成していなければならない。有象無象のモブキャラがエヴァに乗って闘い始めることができるような可能性が用意されていなければならない。

だがそのようなシステムは人類史上未だ何処にも完成したことはない。虚構の物語ですらそれ(モブキャラがしゃしゃり出てくる)を成立させるのは困難だろう。要するにそれは解決不能な人間問題なのだ。ところがその人間問題が、個人の「逃げずに闘う意志」の問題に摩り替えられてしまう。それ故にシステムを改善するコストや努力を払わずに済み、そこから漏れた者を助ける必要もなく、現在既にポジションを獲得している者もまたひとまず安泰、ということになるわけだ。

 ***

そもそも、「闘う」や「逃げる」に善性や悪性という属性を割り当ててしまうことがおかしい。実際には闘いが必ずしも良い結果に繋がっているとは限らない。これは「努力」についても言える。

其々は自分のできるやり方でしか闘えないし、努力できない。どの方向で闘い努力すれば良い結果になるのかさえ分からない。さらに人間もまた消耗品なので、いつまでも闘い続けられるわけではない。無理な闘いをすれば壊れたりもするし、取り返しの付かない失敗をする恐れもある。そして成功や失敗は常に人間同士の競合の結果として生まれる。何か正しい方向が予め定められていて、それに向かっていく者とそうでない者がいるわけではない。それらは単に衝突するものなのだ。こういった能力的制限や不確定性、不可逆性、競合性を帯びているのが現実の闘いだ。よってそれらの要素が欠落した善性としての「闘い」は、現実における闘いのアナロジーにはなり得ない。

というか、人間が最も嫌なことは「簡単に死ぬこともできず、何の希望も救いも見出せない苦々しい毎日をいつ死の時が訪れるのかとビクビクしながら送り続けなけること」であり、死そのものなわけで、闘いはその嫌なことから逃れるためのものだろう。だから嫌なことから逃げるのが駄目なことだとするなら、ひたすら惨めな人生に留まり続けるか、もしくはさっさと死ぬしかない。

なので、「嫌なことから逃げるな!」には「じゃあ今すぐ死ね!」と返すのが内容的には最も適切な返答と言えるだろう(政治的には適切とは言いがたいが)。

 ***

なんにせよ、物語が道徳規範を与えるためのものになってしまったら、それはもうただのプロパガンダでしかなくなってしまうわけで、そういう見方をすると、あるいは作者が込めたその意図が全面的に出てくると、その物語は本当にくだらないものになってしまう。よってそうでない見方をするならば、劇中における「逃げちゃ駄目だ」は、単にシンジがそういうコンプレックスを持っていた、と解釈するのが妥当なところではないか。

洗脳と教育、マインドコントロールとコミュニケーション能力

洗脳と教育、マインドコントロールとコミュニケーション能力による折衝、これらに厳密な内容的違いはない。それらはただ政治的にのみ使い分けられる。例えば、ある枠組みの主流派がそうでない人間を洗脳することは教育と呼ばれるが、その主流派が異端であると認識される社会ではその教育は洗脳と呼ばれる。

教育と洗脳は違う、という人もいるだろう。しかしその定義自体曖昧だし、ルールの遵守という判定法を設けるにしても、ルール自体その時代や場所によって変動するし、同じルールでも立場によって解釈が異なってきたりもする。労基法のようにルールそのものが機能していないケースだってあるし、ルール自体が既に洗脳の仕組みかもしれない。

もちろん、それを使った行いが実際に犯罪として社会的に認知されればその呼び名は定まるかもしれない。だが逆に言えばそうならないものに関しては各々がどう認識するかという、単なる好き嫌いで判定せざるを得ないということになる。
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美代子容疑者、弁護士も洗脳されかけた - 社会ニュース : nikkansports

例えばこの場合などは、「美代子容疑者、弁護士も洗脳されかけた」などと書かれているが、実際は単に彼女が生まれ持ったコミュ能力の高さをそこで発揮しただけなのではないか。つまりマイナスの属性を持たない者がコミュ能力の高さを発揮すればそれは人当たりの良さになるが、犯罪者であることが社会的につまびらかにされたような者がコミュ能力を発揮すればそれは洗脳(文脈上、マインドコントロールの方が内容的にあっているように思うが…)と言われたりする。

この事件などは「マインドコントロールもの」として扱われることが多かったが、暴行監禁連れ戻し殺害という物理的手段を併用している以上、幾ら美代子容疑者のコミュ能力が高くてもそれによる服従を「マインドコントロール」というのには無理があるだろう。それは単なる暴力による服従なわけだから。どちらかと言えば暴力団案件と考えた方が適切だ。実際、物理暴力に過度に依存していることからして、彼女のマインドコントロール能力は汎用性に乏しいと考えられる。中核を構成するメンバーとの序列関係なども、単に相性によるものと考えた方が妥当なのではないか。

それに、オウム事件などは事件が明らかになった後も帰依し続ける者がいたし、事件の後になってから入信する者さえいたが、この事件では捕まった中心メンバーの誰も美代子容疑者をかばおうとしていない。

兵庫・尼崎の連続変死:逮捕1週間 「疑似家族」に亀裂 息子「縁切りたい」距離置く供述

監禁事件でよくある、逃げ出せる状況があったのに逃げ出さなかった、という事例でもない。むしろ何度も被害届けや通報があったのに警察が事件性がないものとして取り合わなかったということの方に異常性が見られる。

それよりむしろ「地獄の研修」に象徴されるような、物理的暴力の代わりに苦役を用い、そこで従順な者を「成長」したとして優遇する一方そうでない者を大勢の前で侮辱して恥をかかせる――そういった恐怖心を利用して選択を誘導する手法の方が余程内容的に「マインドコントロール」と呼ばれるに相応しいのではないか。

だがそれは決して「マインドコントロール」とは呼ばれない。何故ならそれは一般企業で有用なものとして普通に用いられている教育手法だからだ。その一般企業を顧客として抱えているマスコミがそれを「マインドコントロール」と言うわけにはいかないだろう。

「コミュニケーション能力」は本来、文化的・感覚的乖離がある者と相対する時に如何に円滑にその者と意思疎通を取ることができるか、という能力のはずだ。だが、現在ではそれは単に政治的折衝能力のことを指してそう呼ばれている。企業がよく言う「コミュニケーション能力の高い人材」というのは、対内的には上の者(上司)に媚びへつらい、対外的には折衝相手を上手く篭絡する能力を持つ者のことに他ならないだろう。後者はそのまま「マインドコントロール能力」と呼んで差し支えないし、前者は上の者には逆らえない雰囲気の形成に寄与することで間接的にマインドコントロールを下支えすることになる。だがこのようなマインドコントロールとコミュニケーション能力の関係性が大っぴらに取りざたされることはまずない。

こういった言葉の使い分けは、過労やいじめ自殺の場合でも行われている。そういう状況に陥っている者には、先のことはともかくとりあえず一端その場から離れるという手もあるはずだが、彼らはそこから手を離したらもう終わりで、死ぬ以外に道は無いと思い込んでいる。つまりそう思い込ませるような環境が周りに成立している。だがその自殺が「洗脳」や「マインドコントロール」によるものと言われることはない。何故ならその環境は我々が社会規範やシステムを通して関与し、作り上げているものでもあるからだ。故にその環境による教育は単に「世間の厳しさ」という名で呼ばれることになる。

つまり、洗脳やマインドコントロール自体は別に特異なものでもなんでもなく、むしろ日常的なものとして常に存在している。国によって一般的な思想や世界観の傾向が全く異なってくるのもそのためだろう。

もちろんある集団内におけるそれが取り分け巧みであった場合はそこに注目するのもよいだろう。だが尼崎の事件で特異だったのはむしろそれよりも暴行監禁連れ戻し殺害という物理的暴力と、それだけのことを大勢の犠牲者を出しつつ長年続けてきたにもかかわらず、今の今になるまで全く発覚しなかったことの方だろう。実際、美代子容疑者が物理暴力なしにこの活動を続けていれば、事件として発覚しなかった可能性も高いのではないか(恐喝罪で検挙される可能性はもちろんあるが、それで活動が止んだかどうかは疑わしい)。にもかかわらず、そこではむしろ「洗脳」や「マインドコントロール」の方が特異性として大きな注目を集めた。

 ***

美代子容疑者が何をやっていたのかといえば、それは一言で言えば営利活動だろう。何らかの繋がりを持った者に因縁を付け、金を搾り取る。組織に取り込んだ人間を脅して親類の下に営業活動に行かせる。そしてまたその親類などを巻き込み、どんどん事業を拡大していく。違法行為を一端脇においておくと、それは企業が他の企業を買収してどんどん成長していく姿に似ている。

もちろんそこでは明らかな違法行為が行われていたわけだが、道端で起これば直ぐに事件として検挙されるような事柄が、学校や会社や親類内で行われると全く事件として取り扱われなくなるという一般的現象――多くの「普通の」組織や集団がお世話になっているその現象の下支えがあったからこそ、事件の発覚がここまで遅れたという面もあるだろう。

そういった組織の在り様や組織内の人間関係を見ると、学校や会社でのそれを想起せざるを得ない。そしてそれ故に、この事件が持つ特異性である物理的暴力や警察の不手際よりも、世間一般における人間模様との内容的類似性の方に意識が向いてしまう。その居心地の悪さを払拭するため――彼らのそれらと我々のそれらを差異化するために用いられた識別札が「洗脳」や「マインドコントロール」だったのではないか。故にそれが不必要に強調されることになった。我々のこれと彼らのあれは根本的に違うものなのだと。だから似たような内容を持っていても我々は正常なのだと。そういう自己確認(「我々との違い」は物理的暴力を挙げるだけで十分なはずなのに、それだけでは済まされなかった)。

だが洗脳やマインドコントロール自体は特別異常なものではなく、日常に溶け込んで空気のように普通にそこに存在しているものだ。そして社会的不人気性を炙り出されない限りそれらは「教育」「コミュニケーション能力」といった名で呼ばれる。この恣意的使い分けが自分にはとても気持ち悪く感じる。それらが全く逆のイメージを持っているだけに。

REAPER:アイテムの一部分を抽出してループさせる

こういうアイテムがあったとする。
Loop_section01.png

「アイテムを右クリック -> Item settings -> Loop item source」にチェックが入っていた場合(デフォルトでチェックが入っている)、アイテムを延長させるとこんなふうにループになる。
Loop_section02.png

「Loop item surce」にチェックが入っていなかった場合はこうなる。
Loop_section07.png

アイテムの一部分だけを抽出してループさせたい場合は、まずアイテムの両端を調節してその部分だけが表示されるようにする。
Loop_section04c.png

「アイテムを右クリック -> Item settings -> Loop section of item source」にチェックを入れる。
Loop_section03.png

これで表示させている部分だけがループされるようになった。
Loop_section05c2.png

「Loop section of item source」のチェックを外すとループ設定が元に戻る。
Loop_section06c.png

尚、メディア・エクスプローラーのプレビュー部分を範囲選択し、それをドラッグ&ドロップすることでもこれと同じことができる。
Loop_section08a.png

「現実を見ろ、現実を受け入れろ」とおっしゃいますが…

今あなたが拒絶反応を起こしているそれ、そう、今目の前にいて自分の思い通りにならない他人、それこそが現実なのですよ。

誰かの自由は誰かの不自由、誰かの公平は誰かの不公平

平等を重んじる必要がないと言うなら、公における平等たる公平性もまた重んじる必要がない。だからそういう人間は不公平に憤る必要もない。しかし不公平に怒らない人間はいないだろう。つまり人々はそれほど強く平等主義に依存している。

かといって、では公平のために自由を犠牲にすることができるかと訊かれれば、真剣にそれについて考えた者ほどそれに即答できず、そもそもその問い自体に疑問を持つようになるだろう。何故なら、不自由を感じれば感じるほど、その者はそこに不公平を見出すようになるだろうからだ。
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ロムニーとオバマの対決になった今回のアメリカ大統領選挙は、「自由」か「公平」か、という対立軸で語られることが多かった。だがこの対立設定はおかしい。正しくは其々がどちらにより自由や公平性を感じるか、という対立だろう。

一般に自由の共和党と公平の民主党と言われていたが、金持ちにより大きな税金を掛けるのは不公平だと思っていた人は共和党に票を投じたことだろうし、中絶や同性愛の不自由に危惧を抱いた人は民主党に投票しただろう。つまり何に公平を感じ、何に自由を感じるかは人によって変わってくる。

全員に同じ額の税を課す人頭税、所得税のような累進課税、消費税のような逆進課税、これらはどれも公平を目指した結果生まれた税の形だ。しかし人々はそれに対して全く異なった評価を下す。

これは「自由」についても言える。金があれば他人を従わせる自由を手に入れやすくなるし、金が無ければ多くの人は自分の自由を他人に売って金に換えようとするだろう。金が無ければ食料を買ったり病院に行ったりする自由すらも得られなくなってしまうからだ。

そしてどのような制度設計にすればより金を手に入れやすくなるか、出て行きにくくなるか、ということもまた人によって異なってくる。そこでどのような制度設計をすべきか、という対立が生じる。この対立は、自由か公平どちらを重んじるかというより、誰の自由を重んじるか、という対立であると言えるだろう。そしてそこで自由を得られなくなるから、制限されるからこそ不公平感が生まれてくるという側面がある。

例えば、奴隷制をなくせば奴隷はその制度からは自由になるが、一方奴隷商人は奴隷を売買する自由を失う。これもまた自由と自由の対立だ。

つまり公平性や自由にも様々な形があり、それらは大抵競合する。そしてそれらに対する評価もまた人や立場によって異なってくる。

だから対象や内容を明確にせずに大上段に「自由」や「公平」を振りかざしても、それはブランドとしての響き以外には何も表さない。何故なら、その「自由」は他の誰かにとっての不自由であり、その「公平」は他の誰かにとっての不公平なのだから。そして「自由」と「公平」は必ずしも相反する内容を持つとは限らず、それが同期していることも珍しくない。

REAPER:SWSのオート・カラー機能を使ってトラックをカラーリング

トラックのカラーリングについて。ここで紹介するのは以下の三つの方法。

・トラック・ネームやトラック属性によって自動的にトラックを色づけする
・グラディエーション・カラーによる色づけ
・1~16トラックに予め設定しておいた色で色づけをする

ただし、これらを行うためには予め下記リンクからSWSエクステンションをダウンロードしてインストールしておく必要がある。
Installation - Standing Water Studios

↓REAPERをインストールしたフォルダを指定してインストール。
SWS_01.png

アンインストールしたい場合は、普通なら「C:\Program Files\REAPER\Plugins」の中にある「reaper_sws.dll」を削除する。

SWSはREAPERの拡張の中でも最もメジャーなものであり、中には「SWSのないREAPERなんてREAPERじゃない」とまで言う人もいる。実際、この拡張は今回紹介するオート・カラー機能以外にも様々な便利な機能を持っていて、とりわけこのオート・カラーやスナップ・ショット、LFOジェネレータなどは、本来ネイティブで持っているべき機能をこれで何とかしてもらっているという面もある。そこら辺は色々議論もあるところだが、まあとりあえず入れておいて損のないものであることは間違いないだろう。

以下は上記した三つのカラーリング方法について。
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プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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