ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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働けど無職~「仕事なんて探せばあるはずだ」とは何か

なんだかんだいって働き始めて3ヶ月以上がたったが、無職問題が解決するどころか、益々廃人度合いが増しただけのように思う。今月はまた会社側の都合で自分だけ一週間休みを入れられたわけだが、休みになっても何の嬉しさもなかった。休みが終わればまたあのクソな仕事が待っているんだな、という気持ちがそれを台無しにする。(この仕事は消耗戦なので)もちろん体を回復させるという意味ではマイナスではないが、とにかく何もする気にならないのだ。結局、働いていなかった時以上に何もせず、何も考えず長期休暇を終えた。自分の長い無職生活でも、ここまで無為な時間を過ごしたことはかつてなかったのではないか。
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この仕事は一人で生計が立てられるようなものではなく、持続性もない。小遣い稼ぎにはなるかもしれないが、それ以外に得られるものが何もない(その上、フルタイムなのに健康保険も厚生年金もなければ、通勤費すら出ない。まあ自分のような未来のない人間にとっては厚生年金なんて無い方がいいかもしれないが)。次に繋がるための何かが全く存在しない。ただひたすら消耗していく、それだけの仕事だ。よく言われる、仕事した後の充実感などまるでない。仕事が終わっても、早く帰って寝て明日の仕事に備えないと体が持たないという、それだけしか頭に無い。そして起きたらまた直ぐに仕事に行き、仕事が始まれば、早く次の休憩が来ないか、早く仕事が終わらないかと、ただそれだけを考えている。そうやってただ時間だけが過ぎていく。

この無為さ度合いは、働いていなかった時以上と言えるだろう。働く機械とは正にこのことだ。そこに何の目的も意義も見出せない。この先に何か一筋の光明でもあるならまた話も変わってくるのかもしれないが、それが無いのがこのポジションだ。このようなポジションでこのような仕事をしていると、まともにものを考える気力すらなくなってしまう。

分別のある大人を演出するためによく使用される定型フレーズとして、「好きなことを仕事にするのは間違っている。できることをやりなさい」みたいなものがある。だが、ものには限度がある。好きとまでは行かなくとも、少しくらいの興味はないと成功を得たり長続きさせたりするのは難しいだろう。嘘だと思うなら、例えば、ただひたすら足元の缶に定量のブツを詰め込んで、それを積み上げて運ぶだけの仕事をずっと死ぬまで続けることができるか己に問うてみればよいだろう。自分に「できること(獲得できる仕事)」とはそんなものしかないのだ。そんな人生を誰が肯定できるだろうか。少なくとも自分はそれを肯定的に捉えることはできない。誰かが言っていた、「せめてやりがい搾取してくれ」という言葉が自分の頭の中でどんどん大きくなる一方だ。

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働いてみて分かった――というか再確認した――のは、働いたからといって何一つ問題は解決しないということだ。例えばこの仕事は一ヶ月単位での更新となる。それ以前に、こんなことやっていたら体が持たないんじゃないかという懸念もあり、もう3月末で辞めることにしていた。今もまだ辞めていないのは、代替員が育たなかったことと、他に行くあてもない弱みから、ずるずるとここまで来てしまったからにすぎない。また、この現場ではもう一つブツを加工する仕事もあるのだが、どのみち続けたいとは全く思えない下らない仕事だ。

それに、今は一人暮らしではないから何とかやっていけているが、これを一人暮らしでやっていけるとは到底思えない。持ち家もないし、時給制なのに突然一週間休みを入れられたりするので(そのくせ、その後に休出があったりするのだ)。そもそも、こんなクソな労働に一生を捧げることに、そんな人生に一体何の意義を見出せというのか(日本人全員がこんな仕事をしていれば、まだ少しは我慢もできるのかもしれないが。そう考えると、やはり格差という要素は大きい)。

要するに、契約的にも金銭的にも体力的にもモチベーション的にもこの仕事は全く持続性がない。そもそも持続させる意義も感じられない。かといって、履歴書書けない、組織に上手く取り入ること(就職活動)ができない不治の病にかかっている自分は、もっとマシな新しい職――持続可能なそれ――を得ることもできない。そして持続可能でないということは、いずれまた無職に戻るということが確約されているということを意味する。即ち、このような条件でいくら働いたところでいつまでたっても無職なのだ。何度も言うが、労働問題、無職問題とはポジション問題であり、行為問題などでは決してない。

そしてポジション問題であるからこそ、ポジション取りに成功した者は失敗した者に、「お前みたいな奴が就職できるわけ無いだろw」と「グダグダ言わずに働け」を同時に投げつけるわけだ。年齢制限や、未経験者不可、職歴の汚れ、その他就活に伴う様々な儀式によるふるい落としも同様。

即ちそれは、既存の優位なポジション、その砦を守るためのものであると同時に、そこに侵入することを許されなかった者達に圧力をかけ、誰も引き受けたがらないポジションへと追い込むためのものなのだ。つまるところ「働け」「仕事なんて探せばあるはずだ」とは、誰も引き受けたがらない(しかし誰かにやってもらわねば困る)役割をお前らが担え、そしてそれに俺達を依存させろ、という叫びであると言えるだろう(――ここでは普段唱えられる市場原理やインセンティブが一切無視されている。所詮それらの概念は政治的道具でしかないのだ)。そしてそのような社会構造・システムへの巧みな依存を「自立」と人は呼んでいる。

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中東の貧困地域だと、行き場のない人間が「世の中をよくするために働かないか(テロリストにならないか)」とリクルートされたりするらしいが、今の自分の立ち位置は結局それと何も変わらない(働き始めた発端は、母の知り合いの知り合いが派遣会社の社長で、誰か手の空いているものはいないか、と電話がかかってきたこと)。そして時が来ると、「俺、何でこんなことしてるんだろう」と思いながら死んでいくのである。

働くことは他人のため、社会のためになると多くの人は言う。そしてそれが生きる価値の社会的証明書のようになっている。だがその他人や社会は、自分が死のうが苦しもうがなんとも思わないどころか、ただメシウマするだけなのだ。そんな奴らのための労働など何故しなければならないのか。何故そのような構造を守る歯車のひとつにならなければならないのか。人間の流儀にそって善悪という概念の俎上に載せて鑑みてみれば、この労働は自分の中では明確に悪である。それでも今働き続けているのは、自分の弱さによって、ある意味(社会的に)楽な方向へと流されているからにすぎない。

全ての者にとって良き社会など存在しない。「社会が良くなる」とは、その者にとって都合の良い景色が見られるようになることでしかないだろう。そう考えると、自分にとって「社会が良くなる」ことは決してないだろう。かといって、実態のない「社会」にダメージを与え、復讐を果たすこともできない。であるならば、自分がなすべき仕事は社会のためでも社会に報復するためでもない、もっと別のことということになる。その上で自分が何を出来るのかといえば……結局、こうやって人間社会への憂さを書き募ることくらいしかないように思う。

それは誰のためにもならないし、誰にダメージを与えることもできない。他人から見ればとてつもなく下らないことに思えるだろう。だがそれでも、今やっているこの仕事よりはよっぽどましに思える。何にせよ、残された時間は余りないだろうし、こんな日本版「何とか武装勢力」みたいなところに所属して「世のため人のため」に活動している場合などではないのだ。残された仕事をさっさとやり終え、死ぬ時にはもう何も言い残すことなど無い、と言えるようになっておかなければならないのだから。

というか、働いているはずなのに一日中ツイッターとかやっている人って一体どんな仕事をしているんだろう。自分もそんな余裕のある(収入付き)仕事に付きたいよ。それで、今自分がやっているような類の仕事は「仕事なんて探せばあるはずだ」とか言う人達に全てお任せします。――いや、マジな話、そういった全く異なったものを「労働」として一括りにすることは、「労働」という概念が行為や内容を主体としたものではないということを認めているようなものではないか。にもかかわらず、労働問題や無職問題を行為問題であるかのように語るからおかしくなる。
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Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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