ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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なんというスケールの小ささ

ブックオフで見つけた¥350のCDを
買うべきか否か、二日間迷っていた。

日本では余り人気のない、とある
古参のハードロックバンドのCD。

今でこそそれを手に入れるのは
難しくないが、一時入手困難な時期もあり、
欲しくても中々手に入らなかったブツ。
それがなんと¥350という値段。

でも、別に今聴きたい訳ではないんだよな。
だけど、昔かなり欲しかったCD。

それで迷っていたのだが、前の日にちょうど
NHK-FMでハードロック特集をやっていて、
これはそのCDを買えという啓示に違いない
と思い(「神」とか「意味」とか一切信じてない
くせに)、意を決しそのCDを買いに行くことにした。

だがこういう場合、もう既に誰かに買われて
しまって商品が無くなっている場合も多い。

つい最近にもそういうことがあった。
それは同じく¥350という値段で、所謂名盤と
されるジャズのCDだったが、その日はもう既に
幾らかの買い物をしていて、さらに心もとない
手持ちの資金を放出する勇気がなくて
結局買うことが出来なかった。

その時は買うかどうか迷ったのではなく、
勇気がなかったのだ。

これは恐らく幼少期に於ける親子関係の在り方
や学校での体験が大きな原因になっていると
思うのだが、自分は例えほんの些細なことで
あっても異様に失敗を恐れてしまうそんな
感覚を獲得してしまっている。

それ故、自分が何か能動的な行為をする時、
それが裏目に出た場合に対するある程度の覚悟
を決めてからでないとそれをすることが出来ない。

だから、ドラゴンボールの「元気玉」じゃないが、
何かを買うと心に決めても、それからある程度の
勇気を溜め始め、それが溜まり終わらないと
買い物をすることが出来ないのだ。

そして、その日は既に一度「勇気玉」を使い
果たしてしまっていたので、再びそれを溜める
のに時間が掛かり、次の日に買いに行った時には
もう既にそのCDはなく、その自身の決断力のなさ
に打ちのめされ、暫くは鬱のどん底から
抜け出せなかったというのが顛末だ。

だから今回店に行った時、まだ意中の商品が
残っていたのを確認してホッとした。

しかし、今度は新たな不安が持ち上がってきた。

このアルバムはネットでも国内外問わず非常に高い
評価を得ていてそんなに酷いものではないはずだが、
この値段で、しかも同じバンドの他のアルバムが
一挙に放出され非常に目立っているのにも拘らず
二日も放置されていたということは、やはりこのCD
はハズレCDなんじゃないだろうか、という不安だ。

そこで自分は手に取ったCDを再び棚に戻し、
「勇気玉」を溜め始めた。

本当は「勇気玉」溜めている間に誰かに商品を
奪われてしまう危険性があるので、それを手に
持ったままその作業に入るつもりだったが、
まだ買うかどうか分からない商品を手に持った
ままにしておくのはなんとなく卑怯な気がして
それを棚に戻したのだ。

いや、二日悩んだ後なので買うことはほぼ
間違いないのだが、「勇気玉」が出来上がる
まではまだその意志が確定したとは言えない。
それに二日も売れ残っていたものが今この
時点でキャッチされる可能性は極めて低い
だろうという考えもあった。

近くにいる人間も、もう45は超えている
であろうスーツ姿の年配の男性だけだ。
まさかあの歳でハードロックなんか聴くわけが…

「!!!」

なんてこったい、捕獲されちまったじゃないか。
まさか目の前でそれをかっさらわれるとは…。

もう…、いい歳して(自分もいい歳だが)
ハードロックなんか聴くなよぅ、…いや違う。
「いい歳」だからなんだ。

むしろ今時の若いモンが日本ではいまいち
人気が出ずマイナーなままだったあんな古い
バンドに興味を持つことの方が珍しいのだ。

そう、あのバンドに興味を持つのは
30代以上の人間、そして彼もまた自分と
同じ様な理由であのアルバムに関心を
示したのかもしれない。

もちろん彼には潤沢な資金があるだろう
から¥350なんて金額は失敗のうちに
入らず、迷うこともないだろう。

何故その可能性に気付かなかったのか。

その自身の決断力、推理力のなさ。
どうでもいいような独自のモラルに
縛られることを自らが選択し、失敗をして
おきながらそれを後悔するいさぎの悪さ。

いつもネガティブなのにこんな時に
限って「まさかそんなことはないだろう」
というようなポジティブシンキングで
危険予測が出来なかった自身への怒り。

そして何よりもこんなしょぼいことで
悩まざるを得ない己の器の小ささ。

自分が自分であることに、ほとほと嫌になる。

何故自分は生まれてこなければ
ならなかったんだろうな。

雑魚キャラとして他者を引き立てるため?

精子のうちに死んでおけばこんなに
苦しむこともなかっただろうに。

本能なんかで卵子に受精するなよ。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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