ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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それは精一杯の…

「池田小の子供刺す」と書き込み=執行猶予中の27歳男逮捕-大阪府警 (時事通信)


この手のニュースを聞くと本当に泣けてくる。

十代の人間がこういう事件を起こしたのならば、
単に若さ故の無思慮からくる過ちだと割り切ってもいいだろう。
十代ならば、この程度の失敗を犯した所で
(問題がその過ちだけであるならば)やり直しも効くし、
その為に必要な精神的なエネルギーだって残っている筈だ。

しかし、二十歳も過ぎればその行為が何を意味し、
それがどういう結果を齎すか全て理解している筈だ。
やり直しが効かなくなる事だって分かっているだろう。

それでも彼らはそれをする。
何らかの衝動に突き動かされて。

恐らくそれは、
幾ら持てる力を尽くしても自分の居場所すら認めない
社会に対する精一杯の復讐。

常識という枠組みを作り、そこから人を追い出すことで
善良者に成り得た者達、力を得た者達。
その絶対的強者に対する、見捨てられた者からの
命を賭した捨て身の一撃。

しかし、その捨て身の一撃が彼らにダメージを与えることはない。
所謂「傷一つ付けられないなんて…無念」というやつだ。

彼の場合、前にも同じ様な事をして執行猶予中だった様だ。
しかし、そんな猶予を与えられ「更生」なるものを期待された所で、
今の世の中に、彼の様な人間を受け入れる程の包容力はない。
そもそも、そんなものがあれば、端から彼はそんな詰まらないことに
エネルギーを注ぎ込む必要なんてなかっただろう。
何らかの居場所を見つけていただろう。

彼が匿名掲示板で行ったことと、
自分がこのブログで行っていることに何か違いがあるだろうか?

いや、何も違わない。
確かに、法に触れるか触れないかの差はある。
しかし、本質的には何も違わない。
ただ、自分は彼よりも少しずる賢いだけだ。
だから、本質的には何も変わりないであろう事を
法に触れない方法で実行している。
ただそれだけの違いだ。

 ***

もし道徳が実在し、それが額面どおりの効力を発揮していたなら、
彼や自分の様な人間はこの世に存在していなかっただろう。

しかし、道徳は何時の時代も
それを本気で信じる人間達を裏切ってきた。

何故、排除や無理を強いる側が正義で、それを強いられる側が悪なのだろう。
何故、騙す方が正義で騙される方が悪なのだろう。
力を手に入れ、それを行使する側が正義なのは何故なんだ。
何故、それが逆じゃないんだ。

いや、分かっている。
何故そうなのか。
そして、そんな事を問うた所でどうにもならないことも。
しかし、それでも尚問いたくなる。

この現実を目の当たりにして、
平気な顔で道徳を説く人間達は、
善悪で物事を推し量ろうとする人間達は、
一体なんなんだと。

「生きることは素晴らしい」と言う人間は、
その「素晴らしい」の為にどれ程の「素晴らしくない」
犠牲が払われているかに気付いているのか?
それが「呪われた素晴らしさ」
だと知ってそれを言っているのか?

もう自分は見たくない。

道徳に騙される人間も、
それによって「素晴らしさ」を手に入れる人間も。

だからこそ、自分は欲する。
何一つ意味を持たない、ただありのままの現実を。
例えそれが混沌であるとしても。

 

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Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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