ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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続・印象派的現実

<他候補が橋下公約に着替えたら>

やっぱりまだ気持の区切りが付けられないので
コレの続きを書いてみる。(最後に追記2/4あり)
----------

 *(1)*

前回の記事では、自分みたいな絶対橋下氏に当選して欲しくなかった派や、
逆に絶対に当選して欲しかった派以外の殆どの有権者は、結局
「この人なら何か流れを変えてくれるんじゃないか」という印象だけで
その投票先を決めてしまうのではないか、ということについて書いた。
そしてその一つの要因として対立候補の「テレビ映りの悪さ」を挙げた。

だが、自分が多くの有権者が結局「印象」によってその投票行動を
決定したに違いない、と確信したのにはもっと別の理由がある。

それは、もし他の候補が橋下氏と公約を取り替えて立候補していたら
一体どのような結果になっていただろうか、と考えた時、それによって
今回の投票結果が大きく覆ることになったとは到底思えなかったからだ。
いやそれどころか、もし他候補が橋下氏と同じ公約を掲げていたのなら、
その候補者は今回の結果以上に酷い結果を手にすることになっただろう。

例えば、橋下氏は当初掲げていた「府債発行ゼロ」の公約を当選直後に
取り下げた。これは当然公約違反になる訳だが、しかし大方の人間はこの
行為を、現実的に無理な公約であるならばさっさと取り下げた方が良いし、
むしろ潔い行為だ、と捉えたんじゃないだろうか。実際、彼はこの公約
違反によって大きなダメージを受けることにはならなかったように思う。

確かに、無理な公約を何時までも引きずり続けるよりはさっさと取り下げた
方が良いだろう。だが、そもそも府債を全く発行しないという方針が
現実的ではないということは当初から誰もが知るところだった筈だ。
つまり、これは公約の達成を断念したのではなく、始めから無理であると
分かっていながら敢えてついた「嘘」に他ならない。もし普通の人間が
こんなバレバレの嘘をついたのならば、その後ろめたさでオドオド感が
滲み出て、もうその時点でその候補者の当選は彼方へと遠のいていたに
違いない(その後ろめたさこそが良心であり、誠実さの表れなのだが)。
ところが、橋下氏は本来ならば大きなマイナス要素になる筈のその嘘で、
逆に無駄に税金を使わないという「緊縮財政への強い意志」を府民に
印象付けることに成功し、むしろそれをプラス要素へと転換した。
つまり、「不適切な内容」を「イメージの力」で覆したのである。

こんな離れ業をやってのけることが出来る人間が他候補にいただろうか。
いや、他候補だけでなく、そんなことが出来る人間を他に思い浮かべる
ことが出来るだろうか。自分にはそんな人間は思い浮かばない。

「二万%出馬しない宣言」に代表されるように、必要とあらばどんな
あからさまな嘘でも平気でつくことが出来る、正に百戦錬磨の嘘つき
エキスパート橋下氏ならではの荒業。この場合、嘘つきエキスパート
といっても別にバレない嘘を付く為の高い能力を持っているという
ことではない。嘘を付いても集団内に於けるその人気や地位を保ち続ける
ことが出来る能力、その嘘をマイナス要素にせずに使うことが出来る高い
能力を持った者のことだ。

しょっちゅう嘘をついていながら、その嘘で全く評判を落とすことのない
人物がいる一方、滅多に嘘をつかないのに、たった一つの嘘でその評判が
ガタ落ちになってしまう人物がいるのを目の当たりにしたことはないだろうか。
橋下氏は前者のタイプの中でも取り分けその能力に長けた非常に稀有な人物
であったのだろう。だからこそ、その公約が「嘘になる」ことを府民が
知っていたのにも拘らず、その評判は全く落ちなかった。他候補ならば
致命的になりかねない「内容」のことをその「コミュニケーション能力」で
取り繕い、プラス要因に変えるという方法でその局面を乗り切ることが出来た。
つまりそれは、府民が内容ではなくイメージで彼を選んだということだろう。

 *(2)*

そしてこれは彼の他の公約についても同じ様なことが言える。

例えば「小学校の校庭の芝生化」。こんなことを他候補が言い出したら、
それこそ指を差さされて笑われていたに違いない。それ程典型的な無駄な事業。
金が無いので節約しなければならない、いつ財政再建団体に転落しても
おかしくないという自治体が、何故こんな何の必要性もなく経済的波及効果
も期待出来ない贅沢事業を行わなければならないのだろうか。さながら沈み
行くタイタニック号の上で演奏される弦楽四重奏を想わせる贅沢さだ。
「もうどうしょうもないから、せめて最後に贅沢したんねん」
というのなら分からないでもないのだが。

ところがだ。これが「高齢者ら社会的弱者の予算が減るかもしれないが、
それは仕方ない」という、「命」の部分の予算にまで手をつけようとする
吉宗的なまでの倹約を訴える橋下氏側からの発案なのだ。そして何故か
それが受け入れられてしまう妙。こんなこと理性の世界では到底考え
られないのだが、やはり彼はこの難所もその卓越したコミュニケーション
能力で感覚の世界を巧みに操り乗り切ってしまう。
もしや彼は新手のスタンド使いなのではないか、と勘ぐりたくなる程だ。

「石畳と淡い街灯の景観づくり」などは言わずもがな。
あれが他候補からの発案であれば、一発レッドで即退場だっただろう。
だが、やはり彼はそのスタンド能力で、テレビの電波の届く範囲一帯に渡って
特殊なmixi空間を作り出し、その空間内の人間を「コッミュ、コミュ」にして
有権者という審判の目を軽くいなしてしまった。

「理性の知らない世界」は他にもまだある。
それは、彼の公約は露骨なまでのバラマキ政策で埋まっているのにも拘らず、
何故か「緊縮財政の橋下」というイメージが定着してしまったことだ。
勿論、バラマキ自体が悪い訳ではない。それも行政の重要な仕事の一つだ。
要は如何にその地域を上手く活性化させる為に効率よくばら撒くかが重要
なのだが、それ故、(バラマキ自体のイメージも悪いが)取り分け直接個人
に対するバラマキは特に厳しい非難が浴びせられることが多い。

彼の提案した「全公立中学校において小学校の給食費と同程度で給食
を実施」などは、結局子供のいる家庭の食費の一部を府が負担するという
ことだろう。つまり直接個人へのバラマキ。
「子供のいる若い夫婦への家賃補助制度」に至っては、「地域振興券」に
匹敵する程の露骨な直接個人へのバラマキといっていいだろう。
そして「出産・子育てアドバイザー制度の創設、小児科・産科の救急
受け入れ促進、乳幼児医療費助成の拡充、駅前・駅中に保育施設の整備促進」
といった余りに一部の層へと偏った明らかにバランスを欠いたバラマキ。

これらの政策の是非はともかく、この手の直接個人へのバラマキや
バランスを欠いたバラマキ政策を他候補、いや民主や共産の候補が唱えた
ならば、「だから民主は」「だから共産は」と激しくそれが非難される
ことになるのがいつものパターンだ。少なくともこれで「緊縮財政」という
イメージを取り繕うことなんてとても出来ないだろう。
だが出来てしまうのである。橋下氏と自民党の力をもってすれば。
ここでも「理性」は「イメージ」に大差を付けられて敗北する。

ただ、その手法として一つ素直に上手いなと思ったのは、
「子供」という要素の使い方だ。

「集団」という主体が存在しない以上、誰かが何らかの利益を得る時、
それは「個人」として受け取る他ない。だが、日本は民主主義を標榜
しておきながら「個人主義は悪」という偽装民主主義国家なので、建前上
それが個人の利益であることを忘れさせる為に、一旦「集団の利益」や
「他者の為」を想わせる何らかの理由を付して「マネーロンダリング」
ならぬ「個人ロンダリング」を行うことによって、「個人」という意識を
洗い流すという作業をしてからでなければそれを受け取ることが出来ない。
何故ならば、その手続きを省いてそのまま個人として利益を受けとることは
日本に於いて悪に他ならず、激しく他者から非難されることになるからだ。

橋下氏はその点を考慮し(多分、理性ではなく感覚的閃きだろうが)、
有権者という個人がバラマキを受け取り易いように、予め一旦非有権者
(他者)の子供(将来的投資であり集団の利益を想わせる)という要素を
使って「個人ロンダリング」を済ませてからばら撒くという手法を取ったのだ。
これによって、有権者という個人は安心してそのバラマキを受け取ることが
出来るようになるのである。めでたしめでたし…。

 *(3)*

その一方で、熊谷氏は

http://www.kumagai-osaka.com/manifesto.html
大阪にはスウェーデン一国に匹敵する約40兆円の府内総生産(全国第2位)を誇る強みと潜在力があるのです。(中略)これほどの強みと潜在力がありながら「ヒト・モノ・カネ」が効果的、効率的につながっていないことが大阪の最大の弱点です。先に示した経済規模に比較して、一人当たりの府民所得は303万円、全国7位に甘んじている(中略)私は4か年でこれを全国第2位、平均50万円アップの360万円まで引き上げます。(中略)産官学のあらゆる知恵と技術と力を結集して、大企業だけでなく中小企業の売り上げを増やすことが何より重要です。さらに、物流の効率化を進めてあらゆる産業の浮上を図るため、各種施策を実行します。(熊谷さだとし・基本政策より)


という、4年で一人当たり平均50万の所得アップの公約を掲げたのだが、
これが現実的ではないという印象を抱かれ、府民にそっぽを向かれた。

いや、府内総生産が全国第2位なんだから平均所得も全国第2位を目指す
というのは別におかしなことじゃないし、それくらいの目標を達成することが
出来なければ、いづれ大阪府が財政再建団体に転落することになるのは
避けられないと思うのだが。そんなに駄目かなあ、そういう努力目標を立てる
ことは。この公約を叩いていた人は、もしかして「一人当たり平均50万」
の“平均”をすっ飛ばして、「一人当たり50万」と受け止めていたんじゃ
ないだろうかという疑問も。だとすれば、それは確かに不可能だ。
いや、そこまで間抜けな人は余りいないと思うけど。

結局は精神論なのだろう。

精神論という名前の無い宗教で国中が覆われている日本に於いて、
甘いイメージが付加されたものはただそれだけで悪のレッテルが貼られる。
特に大阪という、少しでも気を抜けばその隙にどん底に蹴落とされかねない
世知辛い土地柄で生活してきた者達からすれば、「4か年で一人当たり
平均50万アップ」なんて甘い言葉は悪徳商法の罠以外の何物でもない様に
思えたのかもしれない。

それよりも、彼を支持した人達は「自分たちの給料を削るのか、無駄遣い
を減らすのか。知恵の使い方が府庁職員の腕の見せどころだ」みたいな
“厳しさ”をイメージさせる精神論の方に夢を感じたのだろう。なんせ
精神論では、精神の力は無限に強固で無限に溢れ出るものであり、
意志によってその力を上手く発揮することさえ出来れば誰もが最低限の
幸せを獲得することが出来るという、物理法則から切り離れた一種の無限性
を感じさせる魅力を持っているのだから。精神論的にはそういった厳しさを
イメージさせる方がむしろ“甘く(苦しんだ者ほど報われる説)”感じた
のかもしれない。勿論、本当は物理法則から逃れられる訳もなく、
今更幾ら無駄遣いを減らして職員の給料を削ったからといって
「府債ゼロ」なんて出来る筈もないのだが。

だが、実際により具体的で非現実的な「府債ゼロ」という「嘘の公約」で
「緊縮財政の橋下」というイメージを勝ち取った橋下氏。

そして、より抽象的で夢のある一人当たり平均所得50万円アップという
努力目標を語って、現実的ではないことを言う「嘘つき」だと思われた熊谷氏。

全く皮肉な結果となった。


もしかしたらまだ続く…、のかも。

(2/4追記) ただし、所得アップを「公約」として掲げた熊谷氏の行為はやはり
問題があったと言わざるを得ない。自分がここでそれを「努力目標」と言ったのも、
それが明らかに不可能であるという前提が既に頭の中にあるからであって、やはり
それも「府債ゼロ」と同じく公約違反になることが予め決まっていたということでは
相違ない。実際それを言った熊谷氏自身も、日本では政治家の公約違反が当たり前
のようになっている為、府民がそれを努力目標として捉えてくれるのではないか
という甘い考えがあったのだろう。

要は、嘘の上手い下手は勿論のこと、どうせ嘘をつくのならば厳しい嘘を
ついた方が良かった(それが“善きこと”という訳ではなく、あくまで
勝ち負けを競う場に於ける戦略上での話だが)、ということなんだろうな。
まあ、どちらにせよ熊谷氏が勝利することはあり得なかったとは思うが。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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