ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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「愛さえあれば、何でも出来る(怖)」

「体罰は愛のムチ」「げんこつ条例できないか」と発言/東国原・宮崎知事(毎日jp)

 宮崎県の東国原英夫知事は18日の県議会本会議の終了後、記者団に「体罰は愛のムチ。昔はげんこつで教えられたが、最近はできなくなっている。愛のムチ条例はできないか」と発言した。この日は一般質問があり、印象に残った質問を問われて、突然「愛のムチ条例」に言及した。

 議会では、自民党議員が教育問題を取り上げた。東国原知事は「宮崎県で『愛のムチ条例』や『愛げんこつ条例』はできないか。愛という範囲で条例化するべきだ」と語った。

 知事は昨年11月、若手建設業者との懇談会で「徴兵制はあってしかるべきだ」などと発言。その後、「不適切だった」と謝罪している。【種市房子】

私も、親の愛情に支えられた「取り敢えずシバいとけ精神」のお陰で
こんな立派なひきこもりになることが出来ました。有難うございました。
-----------------

しかし、ストーカーなどを例として挙げるまでもなく、
一方的な愛の押し付けの強さは、そのままその者の変質性の
強さを表しているといっても過言ではありません。

つまり、この「愛のムチ条例」がその実効性を持つことで、
宮崎が変質者の巣窟となり、変質者達が政界や財界を牛耳り、
そして様々なコミュニティーにおける実権を握ってしまうことで、
社会のルールや常識が変質者を基準としたものに塗り替えられ、
「変質者の変質者による変質者のための社会」が成立してしまう
危険性があるのです。

いや、もしかしたらそれはもう既に成立しているのかもしれません。
何故なら、変質者は己の変質性に気づくことが出来ない場合も多く、
また、一旦変質者達がその社会の主導権を握ってしまうと、
そこではもはや変質的な物の考え方の方が常識となり、
そうでない人達の発想は全て非常識なものとなってしまうからです。

そこで私はそういった状況を回避、或いは脱却するための
画期的なアイデアを思いつきました。それが「愛のお返し条例」です。

これは、誰かが体罰の影響により受け取った溢れんばかりの愛を、
己の傲慢さに気づくことが出来なくなった大人達に「殴るけるなどの指導」
によってお返しすることを条例によって義務付けるというものです。
そしてこれが「愛のムチ条例」とセットでその実効性を持つことによって、
愛の双方向性が実現し、社会が変質者の巣窟となることを防いでくれるのです。

どうです?素晴らしいアイデアでしょ?

東国原知事が一方的な愛を押し付けるような変質者でもない限り、
彼もきっとこのアイデアに賛成してくれることでしょう。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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