ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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ジャックが来たりて「これしか方法がないんだ」と宣告す

24-TWENTY FOUR- シーズン6 ハンディBOX24-TWENTY FOUR- シーズン6 ハンディBOX
(2008/12/17)
キーファー・サザーランドメアリー=リン・ライスカブ

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テレビで『24』のシーズンVIが放映され始めた。しかし何故このタイミングなんだろう。まだシーズンVIIは公開されていないはずなのに。大抵、新しいシリーズのDVDレンタル開始に併せて前のシーズンが放映され始めるんだけど。
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それはともかく、『24』程刺激的で、見終わった後に何も残らない物語も中々無いだろう。シリーズの内の幾つかを見たけど、結局覚えているのは、基本的にどんでん返し的な落ち着きの無い展開が状態化していたということと、とにかくジャック・バウアーが凶悪極まりなかったということだけ。それがひたすら繰り返され続けた結果、段々とジャック・バウアーが暴走すること自体が主目的であるかの様になってゆき、もはや彼は大儀を口にして暴れ回る(13日の金曜日の)ジェイソンのような存在になってしまっている。核爆弾も化学兵器もそれを使おうとするテロリスト達も、すべては彼の暴走をアシストするための役割を果たしているだけに過ぎないだろう。

しかしあの物語のでは、そんな彼の一切の原則を無視した無茶苦茶な行動や選択が全て「仕方がなかったこと」、つまりある程度正解であったことになってしまう。ちょうど『Xファイル』に於けるモルダー捜査官の奇天烈な推理が、その物語の中では大抵的中しているのと同じように。もしかしたらこの物語は、国家の安全を大儀として為される行為であれば、どんな原則も覆して構わないのだという、アメリカ流の文化的「教育」の一環であり、それを大儀として行われる暴力の(「それが仕方が無いこと」であるという)言い訳を、予め人々の脳裏に植え付けて馴染ませておくという役割を担っているのではないのか、とさえ思えてくる。

とはいえ、自身の望む秩序の形を整えるために、その個人的欲望を「公の利益」と言い換え、人工的に形成された暴力環境をまるで自然環境であるかのように摩り替えてそれを「仕方が無いこと」とした上で、「これしか方法がない」と言ってその暴力を肯定したり、何らかの原則を覆してしまおうとするようなことは、現実に於いて誰もが常にやっていることだろう。そういう意味では、誰の中にもジャックは存在していると言える。

ただし、個々人の持つジャックは『24』の劇中で登場するジャックほどの実行力は持っていない。現実に於いて、孤立した個人は常に弱者。だから、個人の内側に潜むジャックが幾らその個人を突き動かし、その者の持つ能力を最大限に引き出したところで、劇中に於けるジャックのような活躍は望めない。だがジャックはやはりジャック。その本質からして、何が何でもその本懐を遂げようとする。そのため其々の個人に潜むジャックはお互いに共鳴し合い、それによって其々の個人が持つ力を集約させ、己の欲求を遂行するために必要な実行力を作り出そうとする。その結果、其々はその内に秘められたジャックの引力に突き動かされ、まとまりを作り、実行力を兼ね備えた人工的環境としてのジャックが作り出される。

そうやって作り出された「リアル・ジャック」は、その出自こそ個人ではあるが、それはもはや個人ではなく、統一された一つのアイデンティティを持っているわけでもない。だから、「リアル・ジャック」と一貫性のある対話をしようとしても無駄だ。そしてまた、「リアル・ジャック」は実態を持たないが故に無敵である。幾ら「リアル・ジャック」の強固な装甲に傷をつけたとしても、その装甲は個人の集合体で出来ているため、その傷は直ぐに代わりの個人によって修復されるし、そもそもその装甲の内側にあるのは空洞でしかない。どのような攻撃も、彼には決して届かないのだ。それ故、稀に自暴自棄になって彼に特攻を仕掛ける人間もいなくはないが、殆どの人間は、如何にしてその「リアル・ジャック」の持つ力を自身にとって上手く利用するか、ということに心血を注ぐことになる。そのために己の持つジャックを通して「リアル・ジャック」をコントロールしようとする。或いはその動きを読んで、先回りして有利な方へと移動しようとする。また逆に、其々は「リアル・ジャック」の脅威から逃れようとすることで、彼にコントロールされる。そういった彼との関わり方によって、『現実』という劇中に於ける其々の個人の人生が決定されていく。

いづれにせよ、彼自身は個人でなくとも、その出自は不特定多数の個人であるため、彼が生み出す結果としての責任は、全て其々無作為の個人が担わなければならない。彼による暴力も、彼に対する暴力も。そして、幾ら彼と親友や恋人としての関係を結んでいても、彼は「個人」にとって他者でしかないため、彼の気まぐれによっては、一気に奈落の底へと突き落とされかねない。何故なら彼はジャックなのだから。

だが『24』に於ける物語と同じく、『現実』の社会に於いても、その秩序はそんな彼の力によって守られていることは確かだ。そしてそうであるが故に、其々の個人は常に「リアル・ジャック」によって蹂躙される可能性もまた引き受けなければならない。彼の望む秩序のために、誰かが犠牲にならなければならない。

そして今日もまた、個人を超越し、状況として形成された「リアル・ジャック」が誰かの下へと訪れ、「これしか方法が無いんだ!」と言って「公の利益」のために犠牲になることを宣告する。その宣告を受けた者は、もはや何もなす術は無い。

 ***

そういや以前、カロリーメイトのテレビCMで、任務をこなすためにジャック・バウアーが日本にやってくるというシチュエーションのものが放映されていたことがあった。アレを見て、「そんな危険な奴を日本に上陸させるなよ!」と思ったのは自分だけではないだろう。まあ、奴が一度上陸することを決意すれば、他の誰が幾らそれを阻止しようとしたところで、何が何でも上陸してくるんだけどね。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

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