ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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…はたまた執行を待つ死刑囚

時々思う。

どうせ今の状態から抜け出せないのなら、
グジグジ思い悩んだりせずに、
その自由になる時間を思う存分謳歌すればいいのに。
何か自分の好きな事でも見つけて、
それに精を出せば良いのに、と。

でもそれはあくまで理屈上の考え。
実際には、そのダブついた時間は殆ど有効に活用出来ない。

それが出来るくらいの精神状態ならば、
もう既にこの様な状況を脱しているだろう。
それすら出来ない状態だからこそこうしている訳であって。

勿論、中には過去の経験で得た生きる糧を利用して、
傷を癒し、力を回復してここから抜け出して行く人間もいる。
でも、自分にはその糧すら無い。


ああ、死にたい…。

でも本当に死にたい訳じゃない。
この苦痛から解放されたいだけなのだ。
それから解放される手段が「死」しか無いという
前提があるからこその「死にたい」。

どうせこの先有意義な時間を過ごすことも無く、
苦痛を唯一のパートナーとして生き長らえるだけならば、
さっさとそれを終わらせた方が良いんじゃないか、という思い。

しかし、自らの力でそれを終わらせるのは矢張り難しい。
そもそも、心からそれを望んでいるのではなく、
あくまで消極的選択でしかない訳だし。

だから、死を恐れながらもそれを待ち望む。
そうやって、未来の無い死んだ時間を過ごす。

きっと、死刑が確定した囚人達もこんな気持ちで
毎日を過ごしているんだろうと思う。

と言うのも、死刑囚には当日に
その執行が言い渡されるらしいからだ。

つまり、死刑囚はその判決が決定しても、
何時それが執行されるのかも分らず、
今か今かと怯えながらその執行を待つだけの
残り時間が与えられる。

今の自分の状況が正にそんな感じだ。

ただ、ひきこもりの執行には段階がある。
先ずは今現在のこの環境が奪われ、
身一つで表に放り出されることになる。
それが執行の言い渡しと言っていいだろう。

そしてその後、自殺するのか野たれ死ぬのかを
自分の意思で選択しなければならない。
つまり、自らの意思でその執行方法を選ぶ訳である。

そして、自殺を選んだ場合は、
結局自分自身でその刑を執行せねばならない。

一方、野たれ死にを選んだ場合、
この狭い日本に於いて、一人で安心して
死ねる様な場所を確保することが難しい為、
衆人環視の嘲りを浴びながら、
じわりじわりと死んでいく事となる。

何れその選択をしなければならない。
それを考えると本当に嫌になる。
でも、それは確実にやってくる未来なんだ。

だけど、どうせなら誰かが自分の
処刑を執行してくれればいいのにと思う。

それだと気付きすらしない内に
死んでしまう様な上手いやり方でね。
 

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Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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