ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「地方自治体教室化計画」、或いは「みんなCPUにな~れ」


「ネットがあれば政治家いらない」 東浩紀「SNS直接民主制」提案


ネット上では結構賛同意見も多いようだが、これも改革神話の一つのバリエーションなんだろうか。こんなことしたら普通に国全体が2ch化するだけだと思うが。そして民意至上主義により、其々が自由に意見を言い合うことを担保する最低ラインがぶち壊され、独裁政権が生み出されるというお決まりのパターンへ、というのが相場だろう。
---------------------------

というか直接民主主義というのは、学校の教室や田舎の地域社会など小さなコミュニティでは限定的にではあるがもう既に成立しているだろう(ローカル・ルールが法律よりも重んじられることは珍しくない)。要するにこれは、それらを拡張すること、或いはそこからその限定を取り払うことを意味するのではないか。しかしそんなに素晴らしい場所だっただろうか、あそこは。自分にとっては正にリアル2chみたいな場所に思えたが。リンチが制度として合法化されたりしそうな予感。戸塚シティに長田シティ…考えただけでぞっとする。

あ、そうか。教室や地域社会が素晴らしい場所であったと感じる人間がこれに賛成し、そうでなかった人間が反対しているのかもしれないな。

まあ現代的な社会空間で苦々しい思いをしている人間が、その苦しみや抑圧の原因を作っているのは官僚でも政治家でもなく、また大企業の重役でもなく、実は普通の市民という名の群集(及びそれらが生み出す文化)なんじゃないか、という疑問を持たざるを得なくなるという点では面白いけど。つまり、その場所での苦しみや何かが上手くいかない原因として、「普通の市民」という主体(権力者)がはっきりと浮かび上がり、それが「敵」として認識され易くなる。

だからきっと、加藤智大が起こしたような不特定多数の市民をターゲットにした事件や自殺(「(市民≒その構成員としての自分≒)制度」化された個人のアポトーシス的作用)が増えることになるだろう。

 ***

なんにせよ、これは「政治家いらない」というより、むしろ全員が政治家としての(コミュニケーション)能力を求められると言った方がいいだろう。とはいえ、全ての人間がそういった能力を持っているわけではないので、結局それに対して優位な能力を持つ一部の人間が新しいタイプの「政治家」になるだけにしか思えない。

統率(リーダー)役が要らないシステムを作ろうとしたら、先ず前提として其々に(様々な分野に於ける)最低限の能力的平等が成立していなければならない。だが、そもそもその前提が成立していないことが問題なわけで。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://positiveallergy.blog50.fc2.com/tb.php/341-7450d4f5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | HOME | 

プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
-------------------------
※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。