ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

柔軟性が命取りに

コースター転落死:手でバー確認「客の苦情でやめた」 - 毎日jp

安全確認の内容が形骸化し、ただの儀式になっていたわけか。そこは譲っちゃ駄目だろう、というのは正論だが、こういった柔軟性が社会的ポジションを獲得し、それを維持するための重要な処世術となっている、ということも忘れてはならないだろう。
--------------------------------------------

背景に個々人や組織が持つポジション的優位性などでは太刀打ちできないような理念や原理に関する社会的合意※1があれば、ポジション的に不利な側にいる人間もまた、それを根拠にしてポジション的に優位な側に対抗することができる余地が生まれる。だがそういった後ろ盾が一切なければ、ポジション的な優位性がそのままモラル的優位性をも獲得してしまうため、そこで作り出された関係性においてその優位性を持たない側の人間は、ただ一方的に相手に従うしかなくなる。そしてそれが大人の対応、ということになっている。

つまり、日本社会がそういった世間(空気)原理主義※2で回っている以上、こういった柔軟性や形骸化を発端とする事件や不祥事が低減化することもないのではないかと。

<追記> まあ外国でもこういった事件は起こるだろうから、そういった文化的な要因が原因の全てということはないだろう。ただ、こういう事態を生み出し易い一つの条件が成立している、ということ。



※1 もちろん、ろくでもない社会的合意が形成されてしまうという問題もあるが。

※2 理念や原理を絶対視すれば原理主義になるが、かといってそれらが全くなければ、それはそれでまた必然的に世間/人気原理主義にならざるを得ない。その結果、社会的抑圧によるごり押しや阿吽の呼吸でその都度恣意的に「正しさ」が決定されることになる。また、手段が持つ理念が消し飛んで単なる儀式と化し、場合によってはその形式/雛形自体が原理(バイブル)化する。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://positiveallergy.blog50.fc2.com/tb.php/469-9fd30c33
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | HOME | 

プロフィール

後正面

Author:後正面
ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

働けど無職。
-------------------------
※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。