ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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科学者脳とジャーナリスト脳みたいな何か

Togetter - 「keigomi29さんの(普通の)科学者と(三流)ジャーナリストの違いに関するツイートとそれに関する反応。」

【0】地震以来、いわゆる「ジャーナリスト」の人のいうことが、どうしてこんなに違和感があるのだろうと、バスを降りてから自席につくまでに考えた。ジャーナリストにも色々な方がいらっしゃるので失礼のないよう(三流の)ジャーナリストと、(普通の)科学者の考え方の違いを揶揄的にまとめてみる。keigomi29

揶揄という逃げを打っているとは言え、なぜこういったただのレッテル貼りが絶賛されてしまうのだろう。「違和感がある」のなら、該当するその言説のどこに問題があるかを指摘すればいいだけなのではないか。ジャーナリストという属性で一括りにし、不特定多数の対象にレッテルを貼り付けるというのは、科学的に妥当な批判方法と言えるのだろうか。
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【1】 (普通の)科学者は自説を否定する事例を探す。 (三流の)ジャーナリストは自説を補強する事例を探す。

【2】 (普通の)科学者は反例が見つかると自説は否定されたと考える。 (三流の)ジャーナリストは反例を気にせず自説は証明されたと考える。

これらは「(三流の)ジャーナリスト」を「(三流の)科学者」に入れ替えても成り立つだろう。

【3】 (普通の)科学者はひとつの例では不安である。 (三流の)ジャーナリストはひとつ例が見つかれば大満足である。

知り得ないはずの他人の内面を知り得たという前提で、その内面を批判している。

【4】 (普通の)科学者は事実から論理を導き出す。 (三流の)ジャーナリストは論理にあう事実を見つけ出す。なければ創り出すこともある。

科学者にだってイデオロギーはあるだろう。事実、この風刺自体が後者の例になってしまっている(具体的な事実に基づいた批判になっていない)。

【5】 (普通の)科学者は相関関係が因果関係かどうかを考える。 (三流の)ジャーナリストは相関関係は因果関係だと考える。ただし因果の方向は任意である。

これは確かに、訓練を受けていない者が陥りがちな考え方だ。ただし、 それは「(三流の)ジャーナリスト」に限ったことではなく、「(普通の)社会人」に入れ替えても言えることだろう。

【6】 (普通の)科学者は抽出した標本が母集団を代表しているかどうかを考える。 (三流の)ジャーナリストは取材した対象が母集団を代表していると思いこむ。

【7】 (普通の)科学者はどの程度確かなのかを考える。 (三流の)ジャーナリストは絶対確実か絶対間違いだと考える。

自己言及になっている。前者の考え方によるならば、抽出した対象を明らかにし、それが母集団を代表していることを示さなければならないはず――この後、「普通のジャーナリストは三流だ、ということで(笑)」としている――なのだが、ここでは完全に後者の側に陥ってしまっている。と同時に、「確実(科学者)」と「間違い(ジャーナリスト)」という対立構造を作り上げてしまっている。

【8】 (普通の)科学者は見つからないものはないのかもしれないと考える。 (三流の)ジャーナリストは見つからないものは隠されていると考える。

いや、「見つからないものは隠されている“かもしれない”と考える」の間違いだろう。そしてそういう懐疑もある程度は必要だろう。というか、語尾を少し変えて対比するのはズルいと思うよ。「見つからないものはないと考える。」は不味いと思ったのだろうけど。

【9】 (普通の)科学者は誰の話を聞いても本当かどうか考える。 (三流の)ジャーナリストは話を聞く前に本当かどうかを決めている。

科学者であろうがジャーナリストであろうが、そういう人はいるだろうし、一流の人間であっても、そういうことをしてしまうことはあるだろう(多くの者は、富や名声を得たいと思っているし、また獲得したそれを守りたい、という心情を簡単には捨てられないだろう)。

【10】 (普通の)科学者は話を聞いて理解できないのは自分の知識が足りないからだと考える。 (三流の)ジャーナリストは話を聞いて理解できないのは相手の説明が下手だからだと考える。

これに限ったことではないが、基本的に内面批判は下らない。それこそ「人文的」と揶揄される批判の代表選手ではないか。

【11】 (普通の)科学者は分からなければ勉強する。 (三流の)ジャーナリストは分からなければ説明責任を追及する。

後者をすべきでない行為だとするならば、其々は各々各自で勝手に勉強すればいいわけで、報道自体必要なくなるだろう。だが、「説明責任を追及する」ことも必要なことなのではないか。「聞き出す」役割を誰かがやらなければならないのではないか。確かに、東電や保安員の会見などを見ていると、相手をつるし上げること自体が目的であるかのようになってしまっている記者もいる。しかしそこに問題があるのだとすれば、単にそれを問題として取り上げればよいだけであり、属性自体を非難する必要はない。

それに、勉強することと説明責任を求めることは対立しないし、勉強したからといってそれらを全て適切に理解できるとは限らない。多くの場合は勉強しないのではなく、勉強しても分からないだけなのではないか。また、報道によって情報を受け取る者の殆どは無知であり、勉強もしないし、しても分からない人が殆どなのだから、それを馬鹿にできる人もそうはいないはずだ。さらに言えば、全て勉強して分かってしまう人であっても、そうであるならば、「分からない人」が大半だということは既に学習できているはずだから、そういう人に責任を求めるより、ただその事実を受け入れた上で、それに相応しい対応を探ればよい、ということになる。前者の考え方を実践しようとするならば、だが。

【12(了)】 (普通の)科学者は量と反応の関係を考える。 (三流の)ジャーナリストはあるかないかだけが問題である。

「あるかないか」をハッキリさせることができるならば、それはそれでジャーナリストとしての重要な役割の一つを果たしていると言えるだろう。そもそも、三流であろうとなかろうと、大抵は基本的にそれらの内容を問題としているのだと思うが。

――結局のところ、ここで挙げられた「(三流の)ジャーナリスト」の考え方は、自戒とすれば良いが、他者に突きつけると自己言及になってしまうようなものばかりだ。つまり、そこに「(三流の)ジャーナリスト」は必要ないし、また「(普通の)科学者」を対比させる必要もない。

 ***

では普通のジャーナリストは三流だ、ということで(笑) @vivisuke 毒を減らすために「三流の」という形容詞句がついてるけど、「普通の」ジャーナリストとしてもいいと思う。
keigomi29

肩書きを根拠として不特定多数の人間を貶し、一方の陣営の優位性を明らかにしようとするのは、「(普通の)科学者」のすることなのだろうか。――実際は科学者、ジャーナリスト云々というより、人によりけり、場合によりけりだろう。ここでは科学者という肩書きを持つ人物が、科学者というよりむしろ人文系、あるいは政治家としての側面を前面的に押し出しているように、同じ肩書きを持つ者でも様々な人間がいるし、同じ人間でも様々な側面を持っている。よって、肩書き自体を批判しても仕方がない。それどころか、肩書きに石を投げつけることで、それを媒介とし、不特定多数の人間にダメージを与えようとする行為は、科学というよりむしろ呪いに近い…というか呪いそのものだ。

そもそも、ここで明らかにしようとしているのは何なのだろう。科学者とジャーナリストでは求められる役割が異なるはずだ。それらを同列に並べて優劣を測るというのは、果たして適切な比較と言えるのだろうか。対比するなら、(普通の)科学者と(三流)科学者、(普通の)ジャーナリストと(三流)ジャーナリストを比べるべきではないか。そうならないのは、肩書きの優劣が自体が主題となってしまっているからだろう。その結果、科学者脳とジャーナリスト脳、どちらが信頼できるか、どちらの陣営に付くか、みたいな話になってしまっている。

ここでこの言説に喝采を送っている人達の多くは、恐らく「ゲーム脳」には批判的な人が多いのではないか。しかし皮肉なことに、このまとめでは、なぜ「ゲーム脳」が多くの人々に歓待されたのか、ということが箱庭的に再現されてしまっている。そしてそれを可能としているのは、恐らく「科学」ブランドの魔力なのだと思う。

 ***

いずれにせよ、「科学者(正しい)>一般人(普通)>ジャーナリスト(間違い)」みたいな序列が一般化してしまうのは非常に不味い流れだと思う。何故なら、それはそれ自体が既に科学的思考でないということもあるが、そういった考え方が定着してしまえば、科学者の肩書きを持つ者が暴走した時、もはや誰もそれを止めることができない、ということを意味するのだから。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

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