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ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

努力解釈は平等思想なくして成立しない

一般的に、「努力」と「平等」というフレーズは、間逆のベクトルを持つものであるかのようにイメージされているのではないか。だが、実態はそうではない。むしろ努力の程度の計測、及び結果に対する努力解釈は、平等思想なくして成立し得ないものであると言える。
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其々の人間は全く異なった資質と環境を持って生まれ、全く異なった組み合わせによって生じる固有の経験を積み重ねながら生活している。つまり前提条件が全く異なっている。そうである以上、同じ尺度で其々の努力具合を測ることはできない。もちろん、何らかの規格に乗せて仮にそれを計測することはできる。例えばあるものを沢山作った者ほど努力したとみなすとか、あるものを沢山売りつけた者ほど努力したとみなすとか、或いは競技でより良い結果を残した者ほど努力したとみなすとか。明らかに力の差がある場合は、ハンデなどを作って埋め合わせをした上でそれを測ることもできるだろう。

しかしながら、そこで測られた努力具合は、所詮その規格内でしか通用しない仮想的なものでしかない。それで実際に其々の努力具合を正しく計測できるわけではない。ある規格に照らし合わせて見た時、一見大した努力をしていないように見えても、それはその者にとっては命を削るほど大きな苦しみが伴ったものであるかもしれないし、一見とてつもない努力をしているように見えても、その者にとってそれはそれほど大きな消耗――努力もまた消耗品である。人間が無限に修復可能な永久機関でない限り――を伴ってはいないかもしれない。実際のところ、その者が尽くしうる努力をどれ程尽くしたか、ということは誰にも分からない。その当人にさえ。

その、前提条件が異なっているが故に絶対に同列に並べて測ることのできないはずのものを、何らかの規格、或いは真理化された自らの感覚という物差しに当てはめ、平等に測ろうという試みの結果生み出されるのが努力の多寡という見方だ。つまり、努力の絶対的分量を測ろうとする行為は、それ自体が平等主義の実践に他ならない。

さらに言うと、「上手く行かないのは努力が足りないからだ/努力したからこそ上手く行ったのだ」というようなよくある努力解釈が真であるためには、その前提として、努力さえ怠らなければ上手く行くユートピア――努力に基づく平等世界――が既に成立していなければならない。即ち、努力解釈をすることは必然的に、ここには(一部例外を除いて)既に努力に基づくユートピアが成立している(そしてあなたはその例外ではない。だから努力が足りない)、ということを主張しているに等しい。

つまり、全く異なった条件を持つ者をある特定の規格に平等に押し込もうとする平等主義でしか努力の程度は測れないし、「努力したから/努力が足りなかったから」という結果に対する努力解釈もまた、努力に基づく平等世界というユートピア思想が根底になければ成立しない。

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「努力」に重きを置くとする人間が他の誰かを平等主義的である、と言って批判する場面はよく見かける。だがそこで取り扱われているのは、平等の意味ではなくイメージの方だろう。そしてその衝突は、努力か平等かではなく、異なった規格を携えた平等主義同士の競合の結果生じている軋轢であると見た方が妥当だろう。このことは、相手に「平等主義者」というレッテルを貼り付けることで特定の規格を伴った平等主義を押し通す、という政治手法が存在していることを意味する。

そもそも、初めから平等でないし平等にすべきでもないなら、「不公平だ」という批判は正当性を持ち得ない。すべての人間を何らかの規格に平等に押し込むという前提がなければ、公平/不公平という概念すら成立しないだろう。そしてこの公平/不公平という概念を主張の正しさの根拠として用いない人間は滅多にいない。それは即ち、それだけ平等主義に取り付かれている人間が多いということだろう。実際、それを完全に捨てきることが出来る人間はそうはいまい。結局のところ、――例えば税の問題がそうであるように――現代社会における社会的闘争の多くは、どのような規格に基づく平等主義を推し進めるべきか、という平等主義の規格の違いを巡って行われているものなのではないか。

いずれにせよ、努力の程度が測られる時、そして結果が努力によって解釈される時、その裏には必ず平等主義が存在している。それだけは間違いない。

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