ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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民主主義という名のモラトリアム

http://twitter.com/t_ishin/status/188093634871177216

橋下徹 @_ishin

そういう民意をバカにする連中は北朝鮮に行け!偉そうに民意をバカにする輩ほど北朝鮮では獄中行きだ!僕は危うくても、移ろいやすくても、不安定でも、不合理でも選挙で示された民意をとことん大切にする。そして民意がより良くなるよう国全体で国民のレベルを上げるよう努力する。それが民主政だ。

民主主義でもっとも重要なのは民意だ。但し何が民意かは俺が決める、ということか。まるでどこかの党の言い分みたい。

この人は、自分に都合の悪い意見や少数派の意見もまたも民意であるということにいつになったら気付くのだろう。そもそも、「民意がより良くなるよう国全体で国民のレベルを上げるよう努力する」というのは、民意は予め想定された枠組みに合わせるためのものでしかないと言っているのと同義であり、しかもそれに当てはまらない者は出て行け、と言っているのだから、むしろ民意を軽んじ、バカにしているのは橋下氏自身であることは明白だ。

「民意をバカにする輩ほど北朝鮮では獄中行きだ!」という、自らが悪の代名詞として持ち出した国のシステムに頼って脅しをかけ、自説の主張を押し通そうとするのはもはや意味不明。
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何度も言っていることだが、そもそも民主主義はその内容を一切保証していない。――人々は自由に発言できる。そしてその主義主張によって命や生活が奪われることはあってはならない、それだけは保証する。後はお前らで勝手に決めてくれ、というのが民主主義だ。よって、基本的に民主主義であることそのものに内容までを期待するのは無理がある。

しかしそれでも民主主義には大きなメリットがある。「主義主張によって命や生活が奪われることはあってはならない」という前提が保証されることによって、ベクトルが一つに集約され、社会が極端な方向へ流されにくくなる、というのがそれだ。これは逆に言えばそれしかメリットがないとも言えるが、また、そのメリットこそ何ものにも代えがたい有益性を持っていると見ることもできる。実際、民主主義が重んじられるのはそのためだろう。

 ***

しかしながら民主主義は、それに過度な期待(理想)を抱きすぎると、その唯一のメリットまでもが失われてしまう、というジレンマを抱えている。というのも、民意が予め定められた理想に収められるべきものとされてしまった時、民主主義成立のための前提条件は失われてしまい、むしろそれは共産主義に変容してしまうからだ。上の橋下氏の発言では、自らの理想に「より良く」機能しない奴は追放だ、と言っているが、ここで正当性として持ち出された「民意」や「民主制」は、意味としてのそれではなく、イメージとしてのそれであり、内容としてはむしろ民主主義の否定に他ならないわけだ。

もちろん、こういう支離滅裂な主張を行うことが許されるのもまた民主主義の特徴ではある。しかし、皆がそれに喝采を挙げ、その主張が実際に実行力を持ってしまった時、民主主義は自殺する。民意が作り出した多数決という道具によって。

思うに、民主主義というのはやがて共産主義へと至る蛹のようなものでしかないのではないか。民主主義の前提条件によって分散されていたベクトルはやがて集約され、蝶になって羽ばたき始める。実際、一国まるまる恒常的にとまでは行かないかもしれないが、様々な集団や組織、或いは種々の問題によっては、そこかしこでそういった現象が起こっているのは間違いないだろう。

つまり、民主主義唯一のメリットはモラトリアムであるというだけでなく、実は民主主義そのものが、やがて共産主義へと至る中途のモラトリアムそのものなのではないか。しかし人々はそのモラトリアムを未成熟な悪としてみなす。これもまた民主主義の矛盾と言えるだろう。

 ***

だがもっと根本的なことを言えば、そもそも殆どの人間にとっては、民主主義か共産主義かといったことは実際のところどうでもよいこと――「民主主義」という肩書きを武器として民主主義の内容を否定している橋下氏の発言に喝采を送る人間が多数派であるように――なのではないか。それよりもむしろ、そこにあるシステムや集団の在り様の中で自らが如何により良いポジションと状態を獲得するか、ということこそが重要なのではないか。というのも、例え共産主義的なシステムがそこに成立していても、そこで良いポジションを獲得していれば、民主主義社会に住む人達よりもより良い人生を送ることも十分に可能だからだ。逆に、民主主義者社会に住んでいるからといって、まともな人生が送れるとは限らない。

もしクラスの人気者が卑劣ないじめっ子だったら――結局のところ、これが民主主義の限界を表しているように思う。システム的に民主主義が成立していても、個々人の政治的折衝能力の格差によって生じる力関係、ポジションによっては、そのシステムの恩恵に与ることすらできないのだから。

まあ何にせよ、民主主義に過度な期待を抱くのは間違い――それが成立しているからといって内容までもが保証されるわけではない――だし、それが持つメリットはモラトリアムだけであるが、それこそが重要なのだ、ということくらいはしっかりと認識しておいた方がよいように思う。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

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