ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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併合されたことを祝わないのは当然だし、「いつの間にか国になっていた」の方が日本的

建国の日「知っている」は2割未満、米国・中国は9割超 ... - 産経ニュース

日本が建国された日を知っている日本人は2割未満-。若手経営者らでつくる日本青年会議所(日本JC)が11日の建国記念の日を前に、建国に関する意識調査を行ったところ、そんな結果が出た。国内在住の外国人は中国で100%、米国やカナダで9割超が「自国の建国・独立の日」を正しく答えており、日本人の建国に対する意識の低さが鮮明に浮かび上がった。(中略)

日本JC国史会議議長の棟久裕文(むねひさ・ひろふみ)氏は「日本では自国を誇りに思いながら、建国は知らないという矛盾した状況になっている。グローバル社会に向け、義務教育段階から建国を含めた国史教育を充実させていく必要がある」と話している。

■日本建国の日

 明治新政府が天皇中心の近代国家建設を目指し、明治6年、日本書紀により初代天皇の神武天皇が即位したとされる2月11日を「紀元節」と定め「建国の日」とした。紀元節は先の大戦後に廃止させられたが、国民の強い要望を受け、昭和41年の祝日法改正で「建国記念の日」として復活。ほかの国では植民地からの独立や革命の記念日を建国の日としているケースが多い。

建国記念の日は建国した日ではないし、日本は具体的設立としての建国なんてないんだから知っていると言う方がおかしい。ここでは神話(というか日本書紀上における神武天皇の即位※1)を建国の根拠としているが、その神話は全ての日本人が共有しているものではない。

そもそも日本書紀上から搾り出した「建国」時、其々は単に地方の民でしかなく、自分が日本国民だなどと誰も思っていなかったはずだ。それに神話と言えば聞こえは良いが、史実の領域に事実として持ち込むとなるとそれは単なる虚妄になってしまう。また日本書紀は政治的性質が強すぎる書物のため、神話として見ても訴求力が落ちてしまうという問題もある。

さらに日本において建国を祝おうとする雰囲気が余り盛り上がりにくいもう一つの理由として、他国との建国の経緯の違いが挙げられる。「植民地からの独立や革命の記念日」ならまあ祝うのも分かるが、日本の場合は逆に其々の地方(国)が力ずくで権力の支配下に置かれ、いつのまにか一つの国にされていたわけだから、それを祝うのはむしろ(歴史的経緯から見ると)奴隷道徳的であるとさえ言える。

祝いたいから祝うのと脅されたり命令されたりして祝うのは全く意味が異なってくる。日本の場合建国を祝うのはその経緯からいって後者の意味合いが強くなる。「紀元節」にしても明治政府が国民統制という政治目的で制定したのは明らかだし、引用記事での押し付け提案も後者の意味合いを補強するものとなっている。

またツイッター上においてアンケートで「知らない」と答えた者を白痴と言って馬鹿にするようなコメントがRTを伸ばしていたが、これもまたそのよい例だろう。というのもそういったコメントは、馬鹿にされたくなかったらこの主張に同意せよ、というような脅しを用いずにそれが受け入れられることはないという前提あってこそのものだからだ。それは同胞への呼びかけというより、敵対勢力への要求に近い。つまりこれによって建国を祝うことがその勢力の脅し(テロ)に屈することになってしまうわけだ。

 ***

「日本は極めて同質的な国」と言った政治家がいるが、実際のところ日本人は元々共有する国家観や原理原則、理念、宗教など端から持ち合わせておらず、ただ地方の雑多な民がいつの間にか国民となったにすぎない。だからまとまりを得るための軸がないし、「メシウマ」や「自己責任」に象徴されるように余り同胞意識もない。

他国では部族や人種、宗教、理念など何らかの軸を介してぶつかり合うことが多いが、そういった明確な軸がないからと言って衝突が起こらないわけではない。それはネットや学校、職場、地域社会などで日々起こっている諍いを見ても明らかだろう。そしてこれは歴史的経緯から見ると、日本になる前から其々が抱えていた敵対勢力としての性質が未だ失われていない、と見ることもできる(実際は「人間だから」争い合っているだけかもしれないが)。

思えばアメリカと戦争をする時も、為政者は自国内の勢力を統率することができずその場しのぎの内向き政策を採っていたらいつの間にかもう引き返せないところまでやって来ていて、もう仕方がないからということでなし崩し的にそれに突入していくことになった。同じように建国に関しても、何らかの理由を元にした具体的な設立があったわけではなく、いつの間にかそうなっていたというのが事実だろう。

要するに軸が無いが故の表層的画一性とは裏腹のこういった民のまとまりの無さ、共有する理念や原理原則の無さ、その結果としての、例えば「いつの間にか何となく国になっていた」みたいなものこそが日本を特徴づける大きな要因となっている(そしてこのように捉えると併合という意味合いも薄まる)。

即ち(「私にとっての日本」ではなく共有物としての)日本における愛国とはこういった事実を受け入れた上でそれを愛せるかどうかでもあるわけだ。その意味で言えば引用記事にあるような主張は全く非日本的・非愛国的であり、「日本を取り戻す(保守)」というよりは、むしろ今までなかった新たな歴史で古きを刷新しようとする動きと見た方が妥当だろう(自国の文化を否定し、中国やカナダやアメリカを見習え、と言っているわけだし)。



※1 ウィキペディア「紀元節」によると日本書紀による神武天皇(実在の人物とはみなさないのが一般的)の即位日は旧暦(太陰太陽暦:天保暦)の1月1日であり、それを明治政府が新暦の1月29日に置き換え紀元とした。しかし「旧正月を祝う祝日との誤解が国民のあいだに広まった」(誰も神話を共有していなかったということだろう)ことや孝明天皇の命日に近いなどの不都合があったため、日付を2月11日に定めなおした。尚且つその「2月11日という日付は、文部省天文局が算出し、暦学者の塚本明毅が審査して決定した。その具体的な計算方法は明らかにされていない」とのこと。

こんなこじつけ村おこしみたいな経緯で定められた「建国の日」で盛り上がれと言うこと自体に無理がある。それよりも「いつの間にか国になった珍しい国」ということを強調した上で「建国記念の日」として押した方がまだ盛り上がりの目があるのではないか。それなら少なくとも特定の神話を史実として扱うことを要求する勢力のテロに屈する必要はなくなるわけだし。

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