ポジティブ・アレルギー

物事を顧みず、ひたすら自身にとって都合の良い部分だけを見て突き進まなければならない、ポジティブ社会への拒絶反応

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全体主義でないという誇り

「国歌歌えない選手、日本代表じゃない」森喜朗氏

「どうしてみんなそろって国歌を歌わないのでしょうか」と問いかけ、サッカー女子の澤穂希さんや、ラグビーの五郎丸歩選手が君が代を歌い、その様子を見て国民が感動した、と述べた。「口をモゴモゴしているだけじゃなくて、声を大きく上げ、表彰台に立ったら、国歌を歌ってください」と選手団に呼びかけた。

 場内ではみんなで声を合わせて歌う「斉唱」ではなく「国歌独唱」とアナウンスされ、ステージ上のモニターにも「国歌独唱」と表示されていた。

この話題に関しては既に、オリンピック競技は選手・チーム間の競争であり国家間の競争と見なすのはオリンピック憲章に反する※、そういう人間が組織委員会の会長を務めるのはどうなのか、とか、独唱の意味も分からないのか、といったようなツッコミが入っているが、それらとは別の視点として。
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全体主義では皆でマスゲームの完成度を高めていくことは誇りとなるだろう。一方、自由主義・個人主義では各々が個別にそれに組するか否かを判断することこそが誇りとなる。

つまり、仮に愛国的視点から見た場合でも、日本を全体主義国家として見ているか自由主義国家として見ているかで為すべき振る舞いは変わってくるわけだ。よって国歌を歌わないことをもってして愛国的でないなどと言うことはできない。

そもそも、ただ国歌を歌うか歌わないかというような条件だけで選別された「仲間」ほど下らなく脆いものはないのではないか。そんな絆が生み出せるのはせいぜい後ろ弾くらいのものだろう。



JOC - オリンピズム | オリンピズムってなんだろう 第3回

オリンピックは国同士の競争ではなくて、その競技に出場する選手やチーム同士の競争です、と定めているんだ。
でも、表彰式では勝った選手の国の国旗をかかげたり、国歌を演奏したりしているよ。
それは、メダルを獲得した選手たちをたたえるための、ひとつの方法としてやっているんだ。お父さんも含めて、みんなはメダルの数を国別で数えたりして、ついついオリンピックを国同士の競争のように見てしまいがちだろう? でも、オリンピックで勝利をおさめた栄誉は、あくまでも選手たちのものだとオリンピック憲章では定めていて、国別のメダルランキング表の作成を禁じているんだよ。

国旗を掲げたり国歌を演奏したりするのはあくまで選手のためであり、間違っても森氏のような人達を感動させるためではない、と(国別のメダルランキング表が禁じられているというのはIOCとOCOGが、ということ)。

因みに森氏の 「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」という主張は政治的見解による差別に他ならず、IOC 倫理規程の以下の条文にも反している。
IOC倫理規程 Ethics 2012年版・英和対訳 - 日本オリンピック委員会(PDF)

参加者間に、人種、性別、種族的出身、宗教、哲学的、若しくは政治的見解、婚姻状況、
又はその他の根拠に基づき、参加者を差別することがあってはならない。

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ひきこもりという役割を引き受け
ざるを得なかった一人として
人間について考えてみる。
でも、本当はただの断末魔ブログ。

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※コメントは記事の内容(主題)に関するもののみ受け付けています。また、明らかに政治活動的な性質を持つ内容のコメントはお控え下さい(そういった性質を持つ発言は、それを許容するような姿勢を持つ一部のブログを除いて、自分のブログで行うものだというのが私の基本的な考え方です)。

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